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予想した通り、雪はその朝に溶けてしまった。

何日か寒い日々続き、世間は忘年会シーズンを真っ只中に迎えていた。

もちろん、うちの社員たちも例外ではない。

普段つながりがある部署と合同で行って、一年間の就労を慰労しあい、親睦を深める。

社の中核と言ってもいい営業部はそう言った点で他部署よりも忘年会が多く、12月もまだ初旬だというのにすでに四回も行っていた。

当然、新卒でしかも新参営業部のわたしもすべて二次会まで参加していた。

けれども、今日の飲み会は一次会で抜けさせてもらうことにしていた。

「えー亜海ちゃん、もう帰っちゃうのー?」

ほろ酔いでふくれっつらを浮かべた麻美さんに、わたしは何度も頭を下げた。

「ごめんなさい…。今日はどうしても断れない用事があって…」

「むーっ、今日は雰囲気いいって評判のダイニングバーに予約とってたんだよーっ?亜海ちゃんが帰ったら、ヤローどもテンション下がっちゃうじゃない。せっかく人事部の田代さんもくるのに…。ねー行こうよー」

「こら麻美ぃ、亜海ちゃん困ってるでしょー。狙った相手落とすのになに亜海ちゃんに頼ってるのよぉ?ほんっとに見かけによらずヘタレなんだから。ちょっとは亜海ちゃんを見習って女子力あげたらどうなの?」

「あんたに言われたくないっ、涼子っ!あんたは逆に女子力くどすぎなのよっ!」

「くどいってなによっ」

営業部は普段からコミュニケーションをよくとっているから本当に仲がいい。まぁ、このふたりのスキンシップはちょっと変わってるけど。

麻美さんや涼子さんたちと評判のおしゃれバーに行けないのは残念だけれど仕方がなかった。

今日はこれから遊佐課長…じゃない、裕彰さんとふたりきりで打ち上げをすることになっていたから。

何度も頭を下げながら二次会場所に向かう一行と別れると、一次会場所のお手洗いに入った。

待ち合わせ場所はここから歩いて十分ほどの場所。

時間もまだ三十分以上余裕があるから、お化粧直ししよう。

一次会は忘年会らしく鍋が出て、部屋も暖房がきいて厚いくらいだったから、わぁ顔がてかってる…。

よく直さなきゃ。

裕彰さんにからかわれちゃうな…。

と、シートで整えて、ファンデーションを乗せはじめた時だった。

きっ、と木製のドアが開いて、人が入ってきた。

「あ」

「あら」

おどろいた。

入ってきた女の人は、亜依子さんだったから。

いつものパンツスーツスタイルとちがい、今日の亜依子さんは落ち着いたオフホワイトのタートルにシルエットがきれいなワインレッドのフレアスカート。

胸元に光るイエローパールのネックレスがやさしい雰囲気をかもしだしている。

シンプルだけど上品で素敵な姿だった。

亜依子さんは、一瞬、強張った表情を浮かべた―――けれど、すぐ持ち前の女優さんのような笑顔を浮かべた。

「あら、亜海ちゃん。こんなところで会うなんてびっくり」

「ほんとですね!どうしたんですか?今日は来ないって聞いてたのに」

「予定が早く終わったから二次会には参加しようと思って来てみたの」

「わぁ、みんなよろこびますよ!亜依子さんが来ないの、みんな残念がってたから」

「うっそー?鬼の居ぬ間に…ってのびのびしてたんじゃないのぉ?」

「ふふふ、わかってました?」

「もう!」

いつもより濃い色のルージュをつけた唇は、すぼめるとグラマラスで色っぽい。

すねた顔をしても、亜依子さんはやっぱり綺麗だ。

「ところで、みんなは?もしかしてもう次の場所に行っちゃった?」

「はいそうなんです。例の四丁目の中森ビルってところに入ってるお店へ」

「そっかそっか。やっぱり間に合わなかったか。ま、どうせ遅れていくし、化粧でも直してから行こうかな。…って、亜海ちゃんは行かないの?」

「え?あっ、はい。これからちょっと用事があって」

「用事?ふふ、カレシとか?」

「え!?」

図星を突かれ、思わず声を上げてしまった。

「あ、ビンゴだ!もー亜海ちゃんってばわかりやすすぎ」

「ち、ちがいます、そんなんじゃ…!」

「いいよいいよ、隠さなくて」

ふふ、と亜依子さんはやさしい笑みを浮かべた。

「カレシ、いい人?」

「……はい」

「そっかぁ。カレシさんも幸せ者ね。亜海ちゃんみたいないい子と一緒に入れて」

「そ、そんなこと…。そう言う亜依子さんこそ、実は彼氏と会ってたんじゃないですかぁ?」

なにも言わず、亜依子さんはやさしい笑みに大人びた表情をにじませた。

それは、恋をしている女性しかかもしだせないような、慈愛を含んだ魅惑的な微笑だった。

「ほんと、人を好きになるって幸せなことだよね。…実はね、亜海ちゃんだけに言うけど」

「…」

「わたし、近々結婚するの」

「え!!」

いつか聞かされた言葉が浮かんだ。

やっぱり亜依子さんの噂は本当だったんだ…。

「おどろきすぎだよ。そんなに意外なことぉ?」

「すみません…だって…亜依子さんってこれからもバリバリお仕事してそうな感じがしたから…」

「もちろん、仕事は続けていくよ?夫婦二人三脚、ってやつになると思う」

「わぁ素敵ですね。どんな方なんですか?」

「んー。仕事はできるんだけどねぇ、それ以外はマイペースで、変わり者で、不器用で…」

くすっ、と零した笑みから、溢れんばかりの愛おしさが伝わってくる。

「でもま、すごくいいヤツよ。付き合いが長くてね、腐れ縁ってやつなの」

「へぇ…」

大好きな亜依子さんがわたしだけに教えてくれた吉事だけれども…わたしはよろこぶというよりほっとしていた。

この期に及んでまでって嫌になるけど…正直言うと、まだすこし亜依子さんと裕彰さんのことを疑っていたからだ…。

でも、今の告白を聞いて安心した。

課長は最近本社勤務になった人で、亜依子さんとも対面して日が浅いはず。

だから「腐れ縁」と言うのはおかしい。

やっぱり裕彰さんの言葉は本当だったんだな。

裕彰さんはわたしを愛してくれている…。信じなきゃ。

もうポーチのことは忘れてしまおう。

『この部屋に部外者を上げたのはキミが初めて』

と言う言葉は、わたしを靡かせたくて課長が取り繕った言葉だったんだ。

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