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「あ……」
パンケーキを食べた後、俺たちはドライブ代わりに少し遠回りをして、大型商業施設にやって来た。
もちろん、乾さんのリクエスト。
ブラッと買い物をする予定だと聞いていたから、服やアクセサリーなんかを見て歩くのかと思ったのだが、彼女は七階から九階までを占めている書店を目指した。
「欲しい本があるの?」
「はい。あ、いえ。本屋さんが好きなんです。どんな本が人気なのかとか、チラッと立ち読みしたり」
「へぇ……」
「あ、鴻上さんはつまらないですよね」
最近は、専ら電子書籍だ。
と言っても、ここ何か月も開いていない。
紙特有の匂いに、何だか心が弾む。
「全然? 久し振りでちょっと楽しみ」
俺はさり気なく乾さんの手を握り、歩き出した。
彼女が驚いているのは手の熱さで分かったけれど、敢えてスルーした。
「どこから見る?」
「一緒に見るんですか?」
「ダメ?」
「ダメ……っていうか、私と鴻上さんの趣味が同じようには……思えませんが」
「そう? 案外気が合うかもしれないじゃない」
言ってはみたが、どんなに仲の良い恋人同士でも、本屋でまでぴったりと寄り添っていることなどまずないだろう。
戸惑う彼女の反応が可愛くて、つい意地悪を言いたくなる。
「敬語をやめて、俺を名前で呼んでくれたら自由行動にしてあげる」
「はいっ!?」
場所を忘れて甲高い声を上げた乾さんは、ハッとして口に手を当てる。
コロコロと表情が変わって、見ていると楽しいし可愛いと思う。
俺は通路の端に移動し、腰を曲げて乾さんの耳元に口を寄せた。
「今日はプライベートなんだし、ね? るりちゃん」
「~~~っ!」
目をまん丸にして唇を震わせ、あっと言う間に頬だけでなく首まで真っ赤。
俺は、生まれて初めて、自分のこの顔に感謝している。
だって、い――るりちゃんをこんなにドキドキさせられる。
「黎琳がるりちゃんを名前呼びしててさ、俺が相棒なのになぁ、って思ってたんだ」
わざと、わざとらしくない程度にふっと息を吐くと、彼女の肩がピクッと強張った。
ヤバい、可愛い……。
実は、迎えに行った時から思っていた。
通勤時の服装とも制服とも違う雰囲気を醸し出す紺のワンピースに、ほんのり肌が透けて見える白のカーディガン。
しっかり隠れていそうで想像を掻き立てられるチラ見えというか透け感が堪らない。その上、深めのVネックだから、並んで歩いていても視線を向けるとチラチラッと中が見えそうで見ないという、男心をくすぐる絶妙さ。
とは言え、女性の服装に興奮するなど初めてで、自分にびっくりだ。
そして、いい年をしてそんな自分にがっかりだ。
いや、女性のっていうより、るりちゃんのだからなんだよなぁ。
俺がファミリーカーに乗っていようと、奥山の親族でありながら経営に興味がないと知っても、がっかりしない。
そういうるりちゃんに惹かれている。
るりちゃんと一緒にいると、安心できる……。
だが、今日は彼女の誕生日。
俺が安心して楽しんでどうする。
自由時間が必要なのは、俺の方だ。
気を取り直して、るりちゃんの耳元に囁きかける。
「もしかして、俺の名前忘れちゃった?」
「そんなわけ――っ」
勢いよく首を回して俺を見た彼女と俺の唇の距離は僅か数ミリ。これには俺も焦った。
いや、場所が場所ならラッキーと事故を装うことも出来るが、なにせ真昼間の本屋だ。
現に、さっきから客やら店員やらにチラチラ見られている。
互いに少しずつ距離を取る。
「――二時間ほど自由行動でお願いし――」と言いかけて視線を彷徨わせ、るりちゃんは一歩後退ると顔を上げた。
「――二時間後に九階のカフェで待ち合わせましょ――待ち合わせです! か、凱人さん」
瞳に薄っすらと涙を浮かべ、顔やら首やらを真っ赤にして、言った。
女性をイジメて喜ぶ趣味はないはずだが、これは、なんというか、正直に言って、ハマりそうだ。
しかも、敬語を使わないように言い直したのに、敬語だし。
俺はにやける口元を手で覆って隠し、頷いた。
「りょーかいです」
脱兎のごとく、るりちゃんは本棚の間を走り抜けていった。
姿が見えなくなってから、俺はるりちゃんと一緒に上がってきたエレベーターで一階に下りた。
そして、スマホである場所に電話する。
それから、目の前のショップに入った。
ショップ内で三十分ほど悩み、手ぶらで出て来た。
それから、別のショップでも三十分。
ようやく買い物ができたのは五軒目のショップで、途中でるりちゃんから『待ち合わせを三十分ほど遅らせてください!』とメールがこなければ、手ぶらのままだったろう。
とにかく、間に合った。
コメント
2件
るりちゃんの誕生だから、何かプレゼントを考えているのかな?

凱人さん、何をプレゼントするのでしょうか🎁✨( ⌯'֊'⌯)