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#大人ロマンス
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「……あ、違うの。そういうつもりで言ったわけじゃないの。……ごめんね、一人で勝手にモヤモヤしてた」
目が覚めたように顔を上げ、慌てて首を横に振った。
「モヤモヤ? ……どうして? 俺には言えないこと?」
「うん……ちょっと、遼のことで嫌な噂を聞いて」
「嫌な噂って?」
今泉さんはチキンを口に運びながら首を傾げる。
「……」
大学病院では、一刻も早い完治を願って何カ月も手術の順番を待つ患者が大勢いる。そんな人たちを差し置いて、医師個人の利益のために患者を選んで手術をしていたなんて……
退院時に患者やその家族が「心づけ」として、少しの謝礼を菓子折りに添えるのはよくあること。
もちろん、病院側としては『お気持ちだけ頂きます』を掲げているものの、実際にはその『お気持ち』を突き返す医師などほとんどいない。
大学病院は特に基本給が安いため、その『お気持ち』を当てにしている若い医師も少なくない。
しかし、その気持ちを受け取ることと、これとでは事の重大さが違う。
「心づけ」を受け取ること自体は違法行為でなくても、この事実が世の明るみに出れば、「患者様からのお気持ちです」と、病院側も涼しい顔をして無視することなどできない。
ましてやこのネット社会。高い倫理観が求められる組織の悪評ほど、たちまちアクセス数は跳ね上がる。
……こんなこと、今泉さんにも言えるはずがない。
「……あの人、集団行動が苦手なタイプだから衝突が多いらしくて」
「ん? ……」
「心臓外科の医局の中で一悶着あったみたい……。そういう揉め事は嫌でも妻の耳に届くの。『旦那さんの教育しっかり頼むよ』って、上司や先輩から嫌味を言われたり……」
自ら作ってしまった話の流れを誤魔化すために、頭の中で慌てて組み立てたシナリオ。
そのシナリオの内容は、あながち嘘ではないけれど……
「でも、その不快な気分もあと数カ月で終わり。今日ね、上司に循環器病センターの話をしたの。早ければ六月には向こうに異動できるかも」
「六月? ……二カ月後か。バタバタしてたらすぐだな」
「うん。中途半端な時期だから私の準備もそうだけど、受け入れる方も人事調整が必要みたいで。慌ただしくなるけど、これで安心してお母さんの治療をしてあげられる」
完全に話の矛先を変えることに成功した私は頬を緩め、口元に笑みを浮かべた。
食事を終えた私たちはエレベーターに乗り、私が宿泊している部屋に入った。
「うわぁ、可愛い。チョコがスカイツリーの形してる」
二人並んでベッドに腰掛け、私は今泉さんから受け取った黄色いお菓子の箱を開けて声を弾ませた。
「お土産を何にしようか迷ってたら、担当してるお客さんがそれを勧めてくれたんだ。女性に人気の限定チョコなんだってさ」
彼が覗き込む私の手元には、スカイツリーの形をしたホワイトチョコレート。中にはドライフルーツらしきカラフルな粒が入っている。
「その赤い粒はクランベリーらしい」
「クランベリーかぁ。食べていい?」
「もちろん。チョコ好きの亜紀に喜んでもらいたくて行ったんだから」
「もしかして、このチョコを買うためにわざわざソラマチに?」
スカイツリーのてっぺんをかじろうとした瞬間、ピタリと動きを止めて彼を見る。
「そうそう。迷子になりながらオジサン一人でチョコ探し。他にも亜紀が好きそうなお菓子があったけど、今回はお勧めされたこれにした」
私が手にするチョコを指差し、彼は目尻に小さなしわを刻んだ。
先端をパクッと一口。
ホワイトチョコの甘さの中に、クランベリーの甘酸っぱさが広がる。
「美味しい~! 粒々の食感もいいね! 今泉さんも食べてみなよ。甘ったるくないから大丈夫だよ」
今泉さんは甘いものが苦手。
全く駄目というわけではないらしいが、チョコレートのような甘い洋菓子を口にするところを見たことがない。
自分は一切口にしないものなのに、わざわざチョコひとつ買いに、人混みのスカイツリーまで足を運んでくれたことが何より嬉しい。
どこにいても、遠く離れていても、私のことを考えていてくれる。それが嬉しくてたまらない。
「ほらほら、一口だけ食べてみてよ。美味しいから」
私は手にするチョコを彼の口元に持っていき、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「……随分と甘そうだな」
今泉さんは、突き出されたホワイトチョコをまじまじと見て苦笑いを浮かべる。
「そんなことないよぉ。本当に美味しいよっ」
声を弾ませ、満面の笑みで言う。
「……ああ、確かに旨そうだ。このまま食べていいのか?」
彼はチョコを持つ私の手を掴み、口の端を大きく引き上げた。
「どーぞ、どーぞ。ツリーの先端は私が食べちゃったけど」
「じゃ、遠慮なく。いただきます」
そう言って彼は私を引き寄せ、チョコをかじった。次の瞬間――
えっ!?
「今泉さ……んんっ……」
私の体はグイッと彼の腕に抱き寄せられ、食むように唇を塞がれる。
彼の舌が私の口内に滑り込ませたのは、とろけるようなチョコの甘みとクランベリーの甘酸っぱさ。
チョコの味だけじゃない。
私の感触を味わうかのように、彼の舌は押しては引き、濃密な口づけを与えてくる。
とろけたチョコと唾液が混じり合い、クチュクチュと執拗な音が立つ。
喉へ流れ落ちてくるものを飲み込むけれど、
「んんっ……んっ……」
塞がれるような熱に耐えきれず、どちらのものとも知れぬ唾液をゴクンと飲み込んだところで、彼はようやく唇を離した。
「もうっ。苦しくて、チョコで溺れちゃうかと思った」
彼の腕に抱かれたままの私は大きく息を吸い込み、だらしなく口の端から垂れる唾液を指で拭き取り、ぷくっと頬を膨らませる。
「このまま食べていいって言ったのは、亜紀だろう?」
彼は私の耳朶に触れながら、くすっと笑った。
まるでその指の動きは、私を快楽の世界へ誘い込んでいるようで……
「食べていいって言ったのは、チョコのことだもん。結局、チョコを食べたの私じゃないの」
彼の舌でまさぐられた口の中が熱い。
それに呼応するかのように、触れられる耳朶から首筋へと伝わり、全身に甘い痺れが走る。
彼は私の手から握りしめたままのチョコを抜き取り、それを箱に入れてベッドの下に置いた。
「俺もチョコ食べたぞ。トロトロで、亜紀が醸し出す甘い蜜の味がした。このまま、もっと食べたい」
熱っぽく響く彼の低い声。耳元で囁かれ、ジンと身体の奥が疼く。
「でも、まだシャワー浴びてな……いっ……あ……っ……」
首筋を舐め上げる彼の舌先。
潤う唇から切なげに吐息が漏れた。
「いいよ。このままの亜紀が欲しいから……」
軋むベッドの音。
彼は私の体を寝かせて覆い被さると、再び濃密なキスを落とした。
コメント
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うわあ、もう……読んでて胸がいっぱいになりました。 亜紀さんの「モヤモヤ」の裏にあった切ない背景と、それを知らずに「チョコを買いにスカイツリーまで行った」って話す今泉さんの優しさが対照的で、じんと来ました。最後の濃密なキスシーンは、ただの甘さじゃなくて、彼なりの「全部受け止めるよ」ってメッセージに感じられて、すごく素敵でした……!