コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
文化祭本番の朝。教室は即席の舞台セットでぎゅうぎゅう、みんな衣装やメイクに大忙しだった。
「はーい、王子役の隼人くん! こっちで着替えお願いしまーす!」
「お、おう……」
真っ白なシャツにマント、金色の王冠。完璧に王子様。
女子がキャーキャー騒ぐ中、隼人は鏡に映る自分を見て小さくため息をつく。
――本番より大地の役が不安だ。
「大地ー! 衣装大丈夫か?」
返事の代わりに、もこもこした茶色の何かが転がり出てきた。
「じゃーん! オレ、森の妖精だって! かわいくない?」
頭には落ち葉の冠、腰には鈴のベルト。どう見ても巨大どんぐりだ。
隼人は思わず吹き出した。
「いや可愛いっていうか……なんでその役?」
「知らね! 気付いたら“自由に動く森の妖精”って書いてあった! アドリブOKらしい!」
不安の二文字が隼人の背筋を走った。
本番。
物語はお姫さまが魔女にさらわれ、王子が助けに行く王道ストーリー。
順調に進んでいたのは、大地登場までは、だ。
「やあやあ! 森の妖精ダイッチー参上!」
舞台中央に滑り込んだ大地が、派手に回転して着地。鈴がチリンチリン鳴り響く。
観客から笑いが起きる。
台本にない。
隼人が小声で「おい、違うだろ」と囁くが、大地は無視して王子の前に仁王立ち。
「王子さま、この先は危険だぞ! オレが案内してやろう!」
――完全に進路変更。
「え、えーと……ありがとう、妖精……?」
隼人も観客も半笑い。舞台袖のクラスメイトは頭を抱えている。
大地はさらに続ける。
「だが条件がある! オレの願いを叶えてくれたらな!」
「願い?」
「森においしいドーナツ屋を作ってくれ!」
観客席から爆笑。
隼人は頭を抱えながらも、王子の顔を崩さず応じる。
「……わかった、ドーナツ屋を建てよう」
「さすが王子! やっぱ隼人は話が早い!」
隼人の本名をうっかり言った大地。
観客はさらに大ウケ、舞台袖から「名前! 本名!」という悲鳴。
なんとかラストへ。
姫を助け、妖精ダイッチーはドーナツを食べながら退場。
カーテンコールでは観客の拍手と笑いが鳴りやまない。
「お前、自由にもほどがあるだろ!」
舞台裏で隼人が詰め寄る。
「え? 観客喜んでたじゃん!」
「……まあ、そうだけどさ」
大地が得意げに親指を立てる。
「これぞアドリブ芸人の真髄!」
隼人は苦笑しつつ、心の奥で妙な誇らしさを覚えていた。
――結局、こいつが舞台をさらっていくんだよな。
隼人は王子の衣装のまま、大地の背中を見てそっとため息をつく。
「……まったく、目が離せない奴だ」