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「恵菜……」
仄明るい中に浮かび上がる恵菜の頬を、節くれだった手が包み込むと、薄紅に染まった唇を、そっと塞いだ。
「じゅ……純さ……ん」
「恵菜は、元家族の事が全部解決したら、俺と付き合いたいって言ってくれたけど、二人きりになれるのは、しばらく先だと思ったら…………キスしたくなった」
ほっそりとした括れを抱き寄せ、恵菜の感触を焼き付けるように、純は抱きしめた。
胸板辺りに、ポスンと沈み込んだのは、彼女の頬。
緩やかにうねる艶髪を、慈しむように何度も撫でた。
「…………ダメだ……。これ以上恵菜に触れ続けたら…………吉祥寺の部屋に連れて帰りたくなる。名残惜しいけど、俺はそろそろ帰るよ」
恵菜に絡ませていた腕を解き、純は彼女を見下ろすと、クールな目元が潤んでいる。
「大丈夫。俺と恵菜の気持ちは昨日確かめ合ったし、さっきご両親の前でも、二人の想いを伝えただろ?」
「…………はい」
「明日はゆっくり休養して、明後日、また昼休みに恵菜に会いに行くから」
寂しそうに瞳を潤ませる恵菜に、後ろ髪を引かれる思いではあるが、純は、ゆっくりと恵菜から離れた。
「じゃあ…………俺はそろそろ行くよ。明後日な? おやすみ」
「おやすみなさい」
純が前を向き、駅へ向かうと、彼女は純が見えなくなるまで、広い背中を見送り続けた。
西国分寺駅までの道のりで、純は、この日にあった出来事を振り返る。
先ほど、彼女の自宅前で見送られた時、改めて恵菜を連れて帰りたいと感じていた。
『女と一緒にいたい』と、こんなに思うのは、昨年のクリスマス、彼女に出会うまでは思いもしなかった事。
恋人として、恵菜の隣にいたい。
何気ない二人の時間を、特別で尊いものと感じたいと、彼は強く思う。
(とにかく、彼女の中にある問題が、全て解決するのを見守るしかない……)
駅に着き、純は改札を抜けると、中央線上り電車ホームへの階段を下りていった。