テラーノベル
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空一面が暁月夜となり、中途半端に開いたままになっていたカーテンの隙間からは有明の月が見える。雲はなく、外の空気は張り詰め少し肌寒い。早起きの野鳥が少しずつ美しい鳴き声で囀り出し、その鳴き声がレイナードの耳に届いた。
彼は寝返りをうつために体を動かそうとしたが、柔らかなモノにぶつかり、阻まれた。
「……ん?」
アルは今夜居ない筈だし、彼の体は鱗でちょっと硬いのでそもそもこんな感触では無い。布団にしては温かいし——と、まだ上手く働かない頭で考えたが、考えるだけでは答えに辿り着かなかった。
眠い瞼を無理矢理開けて、正体を確認しようとレイナードは考えた。真っ先に目に入ったのは綺麗な黒髪だ。その先には夜着すら纏わぬ白い曲線美が見える。
「…………?」
相変わらず頭が動かず、見えた情報の処理が出来ない。『何か素晴らしいものを目撃した気がするな』程度には認識出来たが、『夢の続きだろうか』くらいにしか受け止められない。今までなら絶対にあり得ない光景だったので無理もなく、レイナードはボーッとする頭のまま一度瞼を閉じた。
(綺麗な肌だったなぁ。……ん?……肌?……誰のだ?)
睡眠時間の足りていない頭が少しずつ働き始めた。恐る恐る瞼を開け、レイナードがジッと目の前の者へと顔を向ける。……向けて、認識し、まず最初に思った事は『——うん、死のう』だった。
そっとベッドで起き上がり、枕の下にレイナードが手を忍ばせた。そこには普段から、護身用というか、習慣で置いてある短剣がある。就寝中に襲われる心配などない世界だとは知ってはいるが、いつでも応戦出来ると思うだけで安眠に繋がるからとお守り代わりに置いてあった品だ。
(まさか、コレがこの世界で役に立つ日が来るとは……)
と、レイナードは複雑な気分になった。
寝息をたてるロシェルの隣で正座のようにして座り、短剣の握りを右手に持つ。剣身の切っ先を自らの胸に当て、ふぅと息を吐き出した。
武器を持つと頭が瞬時に鮮明になり、レイナードは昨夜の行為の記憶を全て思い出した。そのせいで、より『死んで詫びねば』という気持ちが強くなる。右手に左手も添え、グッと手に力を入れて胸元に短剣を突き刺そうとした、その時——
眠っていたロシェルが目を覚まし、彼女は無言のまま青冷めた顔で短剣を魔法で弾いた。
魔法が当たった事でレイナードの握っていた短剣は手から弾け飛び、寝室の床にトスッと突き刺さる。
何が起きたのかわからないといった表情をレイナードがロシェルに向けた。彼女は乱れた髪を構う事なくその綺麗な裸体に散らし、片手で体を支えながら上半身を起こした状態でベッドに座り、肩で息をしていた。顔色が悪くて少し体が震えている。
互いの視線が合うと、ロシェルは不安と怒りが混じった目でレイナードを睨み付けた。
怒号に近い声でロシェルが叫んだせいで、レイナードの耳奥でキーンと音が鳴り、彼は体を少し後ろへ引く。
「責任を、取ろうかと……」
「責任?何のですか?」
ロシェルがレイナードの腕にしがみ付き、問いただす。双方が全裸のまま彼女に触れられ、レイナードはロシェルの方を向く事が出来ない。刺激が強過ぎて、このままではまたどうにかなってしまいそうだったので、堪える為にと彼は歯を強く食いしばった。
「守ると決めていた主人の、ロシェルの純潔を俺が奪った、傷付けた……嫁入り前なのに……」
顔を強張らせ、レイナードが呟く。
「それで死のうと?……ではレイナード、私こそを殺しなさい」
ロシェルは高らかにそう宣言すると、姿勢を正して敷布の上に座り、自らの胸に手を当てた。
「私は私の意思で純潔を捧げたのです。貴方の承諾も無く、押し付けたの。ならば罪があるのは私の方だわ」
「ロシェルに罪などあるわけ無いだろ!」とレイナードが声を荒げて否定する。
「……純潔を受け取ったのが罪だというのなら、別の責任の取り方があるでしょう?死んで詫びるなんて無責任だわ」
「別の手段?」
サッパリわからないといった顔でレイナードは一瞬だけロシェルの方へ顔を向けたが、即座に逸らした。
「惚れて欲しい……相手になら、あるでしょう?」
頰を染め、ロシェルもそっと視線を逸らす。
「ほ、惚れて欲しいって、そんなおこがましい事、貴女に対して俺は望んでいない」
「……え?」
ロシェルはレイナードの言葉の意味が理解出来ず、彼の顔を見上げながらキョトンとした。
「忠義を尽くすべき主人に対しそんな事を望む配下など、いる訳がないだろう?」
「で、でも、シドは、私がサキュロス様と勝負をすると言ったら『嬉しい』と話していたわ。私に惚れて欲しいから、好きだからそう言ってくれたのではないの?」
ロシェルはレイナードの方へ身を乗り出し、彼の顔を下から覗き込んだ。
「あれは、断りやすい流れを作る為に敢えて参加してくれたものだと——」
そう言いながらレイナードは片手で顔を隠し、ロシェルから顔を背けたが……指の隙間から一瞬見えた見事な両胸の残像に、下っ腹の奥が疼いた。
「私はただ、サキュロス様には渡したく無いというか、他の神殿へ行かせてなるものかとか、シドと離れたく……ないなと思って」
「俺が貴女から離れるはずがないだろう?」
「だけど、シドがサキュロス様のお嫁さんになったら、離れ離れになったのよ? 嫁の主人だからと、受け入れてくれる方ではないだろうし、私だって人のモノになったシドの側になんかいたくないもの……」
サキュロスの隣に並ぶ自分の姿を想像し、それを打ち消す勢いでレイナードは声をあげた。
「……お嫁さんが欲しいの?」
「あ……」
『しまった』とレイナードは思った。世話になっているカイル以外の誰かに言う気など微塵も無かったからだ。
不相応な高望みをし、ひっそり嫁探しをしようと考えていたなんて恥ずかし過ぎてそうそう周囲に言える訳がない。一度も誰にも言われた事などないというのに、レイナードは『醜男のくせに』と罵られるのではと顔が強張った。カルサールの夜会での経験が今でも彼の心に突き刺さっている。
「その相手は、私ではダメなの?」
彼にとっては予想外の返しだった。驚きに目を見開きながらロシェルの顔だけを凝視する。
「あり得ない!ロシェル程の女性を娶るなど、俺では相応しくない」
首を横に振り、レイナードが強く否定した。
「……でも私、誰かと一緒になる貴方など見たくないわ。相手の方も嫌ではないかしら。シドと関係を持った私が、たとえ『主人』としてだとしても、貴方の傍に居るだなんて」
もっともな言い分でレイナードは返答に困った。確かにその通りだ。『ならば一生独身でも——』と彼は言おうかと思ったが、それを言葉にするのを躊躇した。嫁が、家族が欲しいという気持ちが根底にずっとあり続けている為、それを否定するなど出来なかったのだ。
「シド。根本的な事を訊くけど、貴方は私を好きではないの?」
ロシェルの問いに対し、一度開いた口をレイナードは即座に閉じた。
幼さと大人の美しさが同居しているにも関わらず、シンプルな顔立ちは愛らしさがあり、低身長なのにスタイルは抜群に良い。性格も明るく、家事全般もこなし、話していて楽しい。娶りたい相手に抱く理想が服を着て歩いている様な女性に『好きか』と問われれば、『好きだ』と答えるのが自然だろう。
だが彼女は自分の主人であり、守るべき、忠義を貫かねばならぬ相手だという気持ちが強過ぎて、レイナードは即答出来なかった。
確かに、ロシェルの事は好意的に思っている。
傍に居たい、何があろうが自分が守り通したい。ただ、そう思う感情が忠義心からくるものなのか、それとももっと別の感情なのか……恋を知らぬままこの年まで色々と拗らせてしまったレイナードでは、残念ながらわからなかった。
「……」
返事をしないレイナードに対し、ロシェルは困惑した。昨夜の事は全て彼女も覚えている。色欲だけで抱かれたとは考えたくもないし、内容が内容だっただけにそうは思えない。名前を何度も呼ばれ、痴態を褒められ、丁寧に、でも乱暴に——本能のまま互いを求められたあの行為に、愛情が皆無だったとはどうしても思えなかったのだ。
(真面目な彼が、そんな馬鹿な事をするはずがないもの)
「自害しようとしたのは、『私なんかと寝てしまって気持ち悪い』とかではないのよね?」
「当然だ!むしろこんな醜男の俺が、だ……だい、抱いてしまった後悔から死のうと……」
ロシェルは『なるほど』と心中で頷いた。彼は恋愛ごとになると自己評価が異常に低いのか、とも。
「では、私の事は嫌いではないのね?」
「それは無い。絶対に、断じて!」
即答だった。嫌いではないというだけでロシェルは少し救われた気がした。
「わかりました、レイナード」
コクッと頷き、ロシェルはレイナードの正面に這って移動すると、正座をして背筋を伸ばした。
偶然長い黒髪が胸先を隠してくれたおかげでレイナードは顔を背けずに済んだが、心中は穏やかではない。腰のくびれや愛らしいヘソ、白く長い太腿——味までもを知ってしまった分、真面目な話をしていても無意識に生唾を飲み込んでしまう。
「私と正式に契約を交わしましょう、シド」
「契約?」
「愛して欲しいとはこの際言わないわ。『婚姻契約』という形で私を一生守り、傍に居て、シド」
「それは……えっと……」
「忠義を尽くすため、互いだけの傍に居るためにはそれしかないのよ?」
忠義を求められれば、誓うと言い切れる。むしろもう既に『常に忠誠を』とロシェルに対して思っている為、言いくるめられそうになっていると、なんとなく気が付きながらも強く出られない。
「忠義ならいくらでも誓おう。だが……」
「誓ってくれるのね?嬉しいわ、シド!」
ロシェルは嬉しさを隠さずにそう言うと、正面に座るレイナードの逞しい首に飛びつき、彼をギューッと抱きしめた。柔らかな胸が彼の胸筋で潰れ、レイナードの思考を鈍らせる。
「ありがとう、シド。一生共に過ごしましょうね!」
ロシェルが体を離し、レイナードへと微笑む。
「ま、待ってくれロシェル、俺は——」
結婚の了承をしたつもりではなかったのだが、その言葉はロシェルの口付けによって遮られた。開いていた口に舌を入れられ、歯茎を舐められる。昨夜の行為で慣れたロシェルの動きは巧みで、レイナードに抵抗の隙を与えない。
キスをしながら彼の肌を撫で、耳元をなぞり、舌を絡める。ロシェルはレイナードの膝に跨り、対面座位に近い姿勢になった。
「好きよ、シド。貴方の全てが好きなの。顔の傷も、困るとすぐに険しい表情になっちゃうのも、全部好きなの」
レイナードの顔を撫で、見上げながらロシェルが囁く。体格差のせいで彼女の頭は胸元に届く程度だったが、それでも必死にその体を愛撫した。
「シドは私の使い魔のままでもいいの。でも私は、貴方のお嫁さんを名乗るのを許してね?」
愛らしく微笑み、ロシェルは首を傾げる。
「そんな事、許される訳が——うあっ!」
ロシェルは彼の胸を口に含み、言葉を遮る。そのまま体を密着させ、彼の昂りを自らに押し当てた。
(何をどう考えても、彼は私の事が好きだわ)
これまでのやり取りで確信したロシェルは、言葉ではなく体で説得する事を選んだ。
恋愛に対して頑なな彼には、理屈では届かないと理解していたからだ。
カイルが先にそれに気付き、『元の世界に帰してあげる気ではいるけど、ソレはソレ、コレはコレ』の理念のもと、神官のセナをけしかけた事もあった。親子で似た結論に至り、ロシェルもまた同じ場所に辿り着いたのだ。
サキュロスのやり方と大差無いと気付きながらも、もう止められない。
どんな手を使ってでも、レイナードを繋ぎ止めたかった。
「どこにも行かないで、シド」
何度も訴えながら、ロシェルは彼に身を寄せる。 覚えたばかりの快楽に二人は抗えず、そのままシーツの海へと沈んでいった。
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