背中に当たる水流の感覚が心地いい。髪が流されてゆく。木々の隙間から煌めく陽の光が見える。水の音、感触、自然の匂い、ここの空間だけが時間が止まっているように感じる。青い春と書いて*「青春」*まさに、この空間がそう言える。
むさ苦しい夏、夏は苦手だ。虫はうじゃうじゃ這って出てくるし、なんと言っても体に纏わりつく汗が嫌いで仕方ない。ましてや、バスの満員時なんて想像をするだけで、汗が滲み出てくる。
だから私は、暑い日だけは歩いて通学する。そのことに対して、友人に「歩いて来る方が暑いでしょ。」なんて、正論を投げかけられたこともあった。
わざわざ長い列に並んで、わざわざすし詰め状態で汗が滴り落ちながら学校になんか登校したくない。汗をかく前提なら、たまに涼しい風が吹く徒歩通学の方が精神安定状良い。とは、言っても早く家を出なきゃ間に合わない。そこだけが難点だなぁと思いながら、靴べらを取り革靴を履く。ドアノブを押せば、まだ暑いとは言えない生暖かい気体が漂ってくる。昨日は雨が降ったからぺトリコールの匂いが充満していた。
私の家の周りには、木々が背を並べて生えている。虫はもちろん嫌いだけど、雨の降る前や後のぺトリコールの匂いが何とも言えない癖がある。
何も考えずに歩き、薄目で見慣れている道を眺める。せせらぎの音に耳を傾ければ、デジタルカメラのシャッター音が入ってきた。
薄目だった目が全開に開く。 グレーのスラックスにびしょ濡れの白いワイシャツ姿の男がカメラを構えている。盗撮?田舎に不審者なんて聞いた事がなかった。
カメラを閉じ、ゆったりと近づき物腰やらかい声で言葉を発した。
「君、サボり?」
「サボりじゃない」
立ち止まるふたつの影が揺れている。女顔とも言えない不思議な顔立ちだった。こんな田舎に、こんな顔の男子生徒なんていただろうか。見たことがない制服だな、なんとてボッーとする頭で考えていた。
その男は、背中を向けてまたゆったりと歩いていく。付いて行く訳じゃないただ、通る道が一緒なだけだったはずが、辺りを見渡せば森に突き進んで、大きなせせらぎの音が響いてくる。
まるで、秘密基地みたいに木々のトンネルがあったり、ターザンロープがあったり、自然の宝庫だ。ターザンロープを掻き分けてトンネルを突き進めば、浅瀬の川の波紋が広がっている。感動に浸っている間に、男は靴のまま川に入っていた。私に顔を向け「*お前も入れ*」と言わんばかりの視線を送ってくる。仕方ない、恐る恐る足を踏み入れる。冷たい水流が靴から靴下にじわっと染み込んでくる、罪悪感と高揚感が入り混じり、口に力が入る。こっちの反応を見て、口元を緩ましている男。
こうやって学校をサボる事を学ぶのもいいかもしれない。足がずぶ濡れになりながら進んでいく彼を追いかければ、地元の知らない風景ばかりが目に描写されていく中で、地元民でも知らない場所ばかりだ。
「*ねぇ、なんで色んな場所知ってるの?*」
「僕だって初めて来た」
これっきり会話をしていない。いや、話をしなくても楽だから会話をしていない。
岩壁に寄りかかって、妖美人みたいな。何を考えて、何を思っていることすら理解不可能。
歩いて、休んで走って道をグルグルして、少しずつ空が黄色くなって、より島が静かになった。黄色い空に涼しい風、一面に広がる海辺、背景に映る夏山そして、妖美人。
「*綺麗だね*」と発したと同時に、男は背中から海に倒れ込んだ。
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