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翌朝。リアンを保育所に預けた後、すぐにルスとスキアは今日も討伐ギルドに訪れた。臨時休業により出鼻を挫かれてしまった日もあったが、あれ以降、最近はそれなりに、『回復役はいりませんか?』とルスは緊張しながらも別のパーティーに声を掛けたりした自身の売り込みを図った。だが、残念ながら細々とした努力は実らず、全て断られてしまった。
『今回の討伐はゴブリンだし、俺達はもう回復薬を買っちゃったから大丈夫だよ。だから他に声を掛けてみてくれないか?』
『ごめん!他の子にもう頼んじゃったから』
——などと言われては逃げられる。そんな事が何度も続き、結局はポツンといつも通りギルド内の隅っこで誘われ待ちをするに落ち着いてしまった。
元々受け身で、気質のせいか育ちのせいか積極的な性格でもなく、その上ここまで避けられてしまう要因もいまいちピンときていない中でのこれは、ルスのチキンハートを抉るには充分だったみたいで、『ワタシが悪いんだ。また何かやってしまったんだ…… 』と勝手に自分を追い込んでいる。
そんな彼女の隣に終始寄り添っているスキアだが、内心『別に働かなくても、(いくらでも掠め取れるから)金はある!』なスタンスのままなので、ルスの営業行為に一切助力はしてくれなかった。なのに声掛けの際には彼女の隣に付き添う。無表情のままルスの後ろに立ち、無言の圧が強く、『むしろ、返ってそれがよくないのでは?』と討伐ギルドの受付嬢達は彼女らの様子を遠目で見ながら思ったが、夫婦間の事なので口出しはしなかった。
お誘いを待ったまま昼が来て、持参していたスキア作のお弁当を食べ終えた二人は食後のお茶を飲んでいる。引き続き誰かからの誘いを待ってぼぉとしていると、ルスとスキアの前に受付嬢の三人が現れた。
「お疲れ様でーす!お待たせ致しましたぁ!こちら、お約束のお金になりまーす」
二人が陣取っていた丸テーブルの上に、アスティナがドンッと重たそうな袋を置く。反射的にスキアがこっそり闇を介して中身を確認すると、袋には五十枚もの金貨が入っていた。
「この袋の中には報酬の件で不正を働いていた別パーティーから回収出来た分と、ギルドがその不正を見逃してしまっていた事に対するお詫び金を合わせた額、〆て五十ゴールドが入っています。どのパーティーからいくら回収したかといった詳しい内訳を書いた用紙も入れてありますので、すぐにご確認下さい」
そう言葉を付け足したのは、アスティナの後ろに立っていたクレアである。厚手のファイルを腕に抱き、丸眼鏡の端をくっと指で上げながら袋の中身をすぐに確認する様、ルス達を促す。
「残念ながら、ロイヤルさん達からは一切何も回収できませんでした…… 。と言うか、現在もまだ逃走の痕跡すら全く掴めなていない状況です、はい」
小声でボソボソと呟いた女性が一人、クレアとアスティナの後ろからそっと姿を現した。ほぼ毎日通っていたルスは当然前にも会った事があるが、スキアは受付嬢達のシフトの関係で、初めて見る女性だ。淡い緑色をしたショートヘアが特徴的な彼女の名前はミント。目が隠れてしまう程に前髪が長く、話し方のせいもあってか根暗そうな印象である。
「捜索隊に近隣を探してもらったりもしてみましたし、他の町にも確認したのですが、目撃談どころか噂の一つも見当たりません…… 。仕方がないので以後はあの三人を行方不明者として扱い、顔写真付きで貼り紙も出しますが、良い結果は望めないかもしれませんね、うん」
「別の町へ逃げている道中で魔物に襲われたのだとしたらもう探しようがありませんから、不正所得の回収は…… 申し訳ありませんが、諦めて頂く事になるかと」
ミントに続き、クレアがそう言って大袈裟な仕草で肩を落とした。
「いいんです!大丈夫ですよ。ここまでして下さったんですもん、もう充分ですから」
ニコッと、優しい笑みをルスが受付嬢達の三人に向けた。その横で、既に袋の中身を知りつつも、スキアが一応中を確認して金貨を数えるフリをする。
「…… 確かに受け取った。今夜は焼肉にでもするか?」
「っ!いいね!でも…… 本当に、そ、そんなにあるの?」
口元を嬉しそうに震わせた後、好奇心に満ちた瞳でルスも袋の中身を覗き込んだ。今まで一度も見た事のない数の金貨が視界に映り、彼女は目を丸くしながらふらっと倒れそうになった。それをすかさずスキアが抱き止める。反射的に親切な行為をしようとも、彼はもう『僕がこんな行動を取るのも全て、ただルスが隠している希望に沿っているだけだ』と割り切った為、何の迷いも、抵抗さえもなくなったみたいだ。そのせいか『よし。望み通り“夫婦”っぽく行動してやるか』という考えを、より強く持ち始めたせいで距離感が過剰に近く、そんな二人を側で見守っていた受付嬢達の頬が段々真っ赤に染まっていく。
「——と、と、ところでぇ!」
『このまま此処でキスでもし始めるのでは?だって新婚だし!』と、周囲が慌て始めた空気をクレアが大きな声をあげて一転させた。耐性がなく、焦り過ぎて声がすっかり裏返っている。
「あ、あれから、ルスちゃんは一度も討伐には参加されていませんよね」と言い、眼鏡をくっと持ち上げる。まだちょっと頬が赤く、ラブっぽい空気に当てられて照れ臭い気持ちまでは切り替えられていない。
「あ…… そ、そうですね。お誘いをかけたりはしたんですが…… 」
急に事実を突き付けられ、ルスの表情に影が差す。あれから半月、彼女だって何もしなかったわけではないつもりではいても、討伐ギルドに所属しておきながら一度も魔物などの討伐には出られていなかった事実が心に重くのしかかる。あの一件で貰った二十ゴールドがあればもう半月は食うに困らないが、このままという訳にもいかない事が気に掛かる。だが正直ちょっとだけ『…… さっきの五十ゴールドがあれば、もう二ヶ月くらいは何とかなるかも?』と甘い考えも抱いていた。
「リアン君が居るから、何日も家を空けるものしか無い護衛系の任務には参加出来ませんしね。かと言って、ヒーラーが単身でも出来そうな薬草集めじゃ子供のお小遣い稼ぎ程度にしかなりませんし…… 」
クレアが口元に手を当てて「うーん…… 」と唸る。何か他に良い仕事は無いものかと思案しているみたいだ。
「あ!ならもう、ここはやっぱりぃ!パ——」と、アスティナが名案でも思い付いたみたいに手をパンッと叩きながらそう言ったが、「ルスちゃんが、パーティーを組んではどうかと思うんです、はい」とミントが勝手に、アスティナの言葉の続きを言ってしまった。
「もぉ!私が言おうと思ってたのにぃ!」
アスティナが拗ねた顔をしてミントの体を何度も軽く叩く。ニヤリと笑うミントはちょっと楽しそうだ。
「なるほど。確かにそれは悪くはないですね。そちらの…… えっと、そうそう、スキアさんの職業次第では良案ではないかと」
「だよねぇ、だよねぇ。私って天才じゃない?」
納得するクレアの横で、アスティナがVサインを作って目元に当て可愛くウィンクをする。それなりの勤続年数なのに、そんな仕草まで似合ってしまうアスティナの年齢がちょっと気になったが、スキアは口にはしなかった。
「スキアさんの職業は何なんでしょうか?ルスちゃんと毎日ギルドには来ていますが、貴方自身は登録されていませんよね?格好的には、後衛職みたいですけど」
「あぁ、僕は——」まで言って、スキアが声を詰まらせた。どこまで正直に言おうかと考えたからだ。
『職業は?』と訊かれても具体的な返答となると困る。“魔法使いの弟子”や“魔王の参謀”などといった立ち位置になった経験はあるが、本当にその仕事を任されていた訳ではないからだ。
じゃあ自分がやれる事を伝えるかとスキアは考えた。影を介しての諜報活動、影に呑み込んで大量の敵を一瞬で死滅させる、影の中に物を無制限に収納しておいたり他から物を拝借したり…… 。スキアの脳内にパッとすぐに浮かんだ能力はどれも他人には黙っておいた方が良さそうなものばかりだ。
他には、能力を際限なく上昇させる事も可能だが、それは憑依対象であるルスに限定された話である。敵へのデバフの付与、軽度のものであれば味方へバフ効果を与える事も可能だが、対象の体そのものへの付与が出来ると言えば他の街からの勧誘などで面倒な事になりそうなので、あんずと話した時と同様に具体的な言及は避けることを選んだ。
(僕が関われば、『戦闘』じゃなく、ただの虐殺になってしまうから戦闘能力は自己防衛程度という設定にした方が良さそうだな)
遥か昔。闇夜を利用して戯れに巨大な帝国を一晩で丸呑みし、地図からその全てを消し去った事もあったが、残ったのは容易さから来る虚しさだけだった出来事が頭に浮かぶ。スキアは、『汗水垂らして、生き物同士が命の取り合いをするのを観る方が断然楽しいしな』と考え、かなり控えめに自分の能力を伝える事に決めた。
「そうだな…… 魔法使いの弟子だった時期があるから、武器などに埋め込んである魔法石へ能力向上の魔法付与が瞬時に出来る、かな。貴婦人の護衛経験もあるから武器は短剣やロングソード程度なら扱えるし、ルスと自分の身までは自力で守れる。他には…… そうだな、索敵が得意だ。あと、味方が攻撃魔法を効率良く使えるように体内の魔力回路をいじる事も可能だし、軍に居た経験もあるから簡単な作戦を立てたり、指揮をするくらいならやれるが、具体的に宣言出来る様な職業名は特に無いよ」
受付嬢の三人が同時に「「「おぉ!」」」と声をあげる。だが、少し間、何やら思案顔をしたかと思うと、最初とは違う反応を返した。
「なるほどぉ。年の功的に色々な職業の経験はあるみたいですけどぉ、サポートに特化した器用貧乏って感じですねぇ」
アスティナの言葉にクレアも頷く。ルスはといえば「流石、スキアはスゴイね!」と興奮気味に言って、嬉しそうに尻尾を振っていた。
「ん?…… もしかして、初めて聞いたんですか?今の話」
「そうですね。夫だから、ワタシに同行してくれているんだとばかり思っていたので」
明るい笑顔を振りまきながらルスが言う。受付嬢達は三人揃って、『いやいやいや!基本中の基本だと思うんだけど。この二人、夫婦の会話がイマイチ足りないのでは?』と思ったが、純粋に夫の器用さを誇っている感じのあるルスの笑顔を壊す気にはなれず、黙っておくことにしたみたいだ。
「…… 私に良い考えがあります、はい」
ミントがボソッと呟き、前髪で隠れているその奥で瞳をキラッと輝かせる。『ルスとスキアの二人が協力してくれるなら、長年気になっていたギルドの問題点を解消出来る!』と彼女は一人勝手に意欲を燃やした。