入浴中にロシェルが乱入してくるアクシデントがあった日の翌日。
安眠を得る事が出来なかったレイナードは遅めの朝食を客室で済ませると、その後、お茶会に招待された。
カイルは昨夜に引き続き自室に篭って魔法具の作成や材料集めのために神官達と共に奔走しているので、今回の茶会の主催者はロシェルとその母・イレイラだ。
迎えに来た神官のエレーナに案内され、神殿内の廊下を進み、開催場所であるテラスを二人で目指す。そこは噴水や庭園の花々がもっとも美しく見える場所らしく、ロシェル達のお気に入りの場所なのだと、エレーナが移動中にレイナードへ説明していた。
白いシャツと濃紺のトラウザーズをクローゼットから借り、茶色いブーツを履いた姿でレイナードが長い廊下を進み、テラスへの入り口を目指す。広い神殿内は移動だけでも大変で、『これなら運動不足の心配は無さそうだな』とレイナードは思った。
「到着いたしました。こちらになります」
そう言いエレーナが大きなガラス戸を開く。広いテラスには白いクロスのかかった大きなテーブルが置かれ、座り心地の良さそうなワインレッド色の椅子が四脚の他にもベンチが並ぶ。ケーキや紅茶の美味しそうな香りがテラスに漂い、空腹では無かったはずのレイナードですら『美味しそうだな』と楽しみになった。
テラスを囲む手すり越しに見える大きな噴水はとても大きく、中央にある翼を広げたドラゴンの銅像の口から水が流れ出ており、下から光が照らしてある。きっと夜に来ると噴水が光り輝き、観る者を楽しませる造りになっているのだろう。その 周囲には色形とが様々な薔薇が多く植えられていて『この世界にもこの花はあるのか』と彼は少し驚いた。
「おはようございます、シド」
椅子に座っていたロシェルが立ち上がると、肩にシュウを乗せたままレイナードへ駆け寄り、彼の筋肉質な腰回りにぎゅっと抱きついてきた。
「オハ、ヨウゴザイマス……」
そう言ったレイナードの声は周囲が呆れる程の片言になっており、せっかくのバリントンボイスが台無しだ。昨夜のロシェルの濡れ鼠姿が脳裏によぎったので無理も無いのだが。
「おはようございます。どうぞ座って、レイナード様」
イレイラもその場に立ち上がり、レイナードを座るように促す。それに従い彼が腰を下ろすと、ロシェルとイレイラも席に着いた。
「さて。初めまして、シド・レイナード様。私はロシェルの母・イレイラと申します。夫のカイルがこの度大変ご迷惑をおかけしてしまい本当に申し訳ありません……。妻としても何とお詫びして良いのか——」
挨拶もそこそこに、テーブルに額がつきそうなくらい頭を下げて、ひたすらイレイラが今回の一件を謝り始めた。『またか!似た者夫婦なのか!』とレイナードは思ったが、口には出来ない。謝罪をせねばと思う気持ちも十分理解出来るからだ。
レイナードはしばらくただ黙って聞いていたのだが、ロシェルがそれを止めた。
「……母さん、このままではお茶が冷めてしまうわよ?」
「そうです。謝罪はもう十分お受けしましたから、お茶にしましょう!」
レイナードは渡りに船だと賛同し、何度も首を縦に動かした。
「ですが……」
この程度では詫びにならないのでは?と不満気な顔をしたイレイラに向かい、「この紅茶は薔薇の香りがしますね!薔薇の紅茶ですか?」とレイナードが少し演技がかった声をあげた。
「え?あ、はい。そうです。ここまで案内した神官のエレーナが手作りしたものなんですよ」
頷き答えるイレイラに対し、レイナードは更に言葉を続けた。
「ケーキもとても美味しそうだ。生花がクリームの上に飾られていますが、もしかしてこれは花も食べられるのですか?」
「えぇ、『エディブルフラワー』と言って食用の為に育てた花なんです。レイナードの世界にもあったのですか?」
完全にイレイラの気を逸らす事が出来たようだと、レイナードは安堵した。
謝罪はもう昨日受けた分だけで十分胸が一杯だったし、それ以前にカイル達を責める気など彼には無い。あれは完全に事故だ。もし誰かを責めるのなら、召喚時に自分の首に巻き付いてきたシュウが悪いだろとレイナードは思っている。
「いえ、私の世界には無い物です。食べられるなんてすごいですね。見た目も華やかで、素晴らしい」
「綺麗ですよね、私も大好きです。これで……美味しければ、もっと……」
レイナードの言葉に、うんうんと最初は同意していたロシェルだったが、途中から少し遠い目をした。どうやら、味に関しては彼女の好みでは無かったみたいだ。
三人が同時に紅茶の入るカップに手を伸ばし、香りや味を各々が楽しむ。紅茶を一口含み、イレイラが喉を潤すと、レイナードへ声をかけた。
「ところで、昨夜はロシェルまでもがご迷惑をおかけしたようで…… 」
昨夜の風呂場での一件を持ち出され、レイナードは飲みかけの紅茶を口から吹き出しそうになった。だがそれを無理矢理飲み込んだせいで、激しく咳き込んでしまう。
「大丈夫⁈シド!」
ロシェルは声をあげると、隣に座るレイナードの広い背中をさする。それに対し彼は『大丈夫』とジェルチャーで伝えたが声は出せなかった。
「母さん、私はただお手伝いをしたかっただけですよ?それを責められるのは納得いかないわ」
レイナードの背中をさすりながら、のんびりとしたテンポでロシェルが反論する。だが、レイナードはイレイラの方に心の中で激しく同意した。迷惑だったかと問われると何とも微妙だが、困った事態だったのは確かだ。
「あのねロシェル。貴女は成人した女性なのよ?そんな子に手伝われるだなんて、どこの王族か貴族様ですか。しかも彼は騎士団長様なのでしょう?エレーナからも聞いたけど『自分で出来る』と言っていたそうじゃない。そんなお立場の方なら、出来ると言った事は出来るのよ」
レイナードはイレイラの言葉を聞き、目を見開いた。『成人女性』という部分にひどく驚いていたのだ。『そんなバカな事があるか』『聞き間違いのはずだ』と心で叫びながらレイナードが右手で顔を覆った。
「……失礼、イレイラ様」
レイナードは顔を押さえたまま、軽く左手を上げてイレイラを呼んだ。
「はい、レイナードくん!……あら、失礼。つい勢いで変な返事をしてしまったわ」
「ロシェル様は、おいくつで?」
レイナードはイレイラの、“先生”を真似たようなお巫山戯をサラッと流し、質問を続けた。
「あら、聞いていないの?」
「そういえば話してませんねぇ」
イレイラとロシェルが顔を見合わせた。
「この子は十八歳よ。此処では十五歳で成人するのでもうこの子は大人ね。レイナード様の世界ではどうなのかしら」
「私の世界でも、十五歳で成人です。……十八ですか、み、見えないですね」
激しく動揺し、レイナードの声が掠れた。成人女性に二度も肩車をした上、入浴シーンまで見られたのかと思うと顔が青ざめていく。落ちないようにとの気遣いではあったが、ドレス越しとはいえ太ももにまで触れていた事も思い出し、変な汗が額から流れた。
「私にそっくりですからね、この子は。私もカイルと再会した時、歳をかなり間違われたわ。十九だった私を十歳だと思っていたのよ。ビックリよね」
「え、えぇ」
そう頷いてみせたが、レイナードは納得してしまった。このシンプルな幼い作りの顔立ちではカイルが間違えたのも無理はないだろう。同じ間違いを正に今までレイナードもしていたので、『この天然詐称顔では到底年齢を見破れない』と強く感じた。
「イレイラ様も随分お若いですよね。とても十八歳のお子さんがいるようには見えません」
「あら、ありがとう。秘訣は夫婦円満よ」
ニコッとイレイラが微笑む。神子との深い交わりの副産物で外見が若いままである事に薄々彼女は気が付いているが、あえて言う事もないだろうと黙っておく事にした。
「夫婦といえば。レイナード様も……向こうに、奥様が居るのでしょう?」
「いえ、私は」
イレイラに痛い話をされ、レイナードは「ははっ」と自嘲気味に短く笑った。
「え!なんで?こんなイケメンが⁈……まさかモテ過ぎて絞れない、とか?まさか……BL系⁈」
イレイラが驚き、素で喋ってしまった。
「びぃ?……あ、いえ、普通にモテないだけです。この見た目ですから」
言っている意味が少しわからないと思いながらも、違う世界なのだしそんな事もあるだろうと、レイナードは答えられる範囲で返事をした。
「そうよね!母さん流石だわ!そうよ、シドはとってもカッコイイの!」
ロシェルは目を輝かせ、胸元で手を組んだ姿でイレイラの言葉にわかる範囲で同意した。
(かっこぃ…… ?)
異性から言われ慣れない、いや、言われた事の無い褒め言葉を言われレイナードが固まった。『目が腐っているのか、この二人は』とまで思っている。
「ハリウッドでスタントマン無しの演技をやっちゃいそうなイケメンゴリマッチョ系俳優にだってなれそうな見た目で何言ってんの⁈」
レイナードが自分を卑下した事にイレイラは驚き、もう淑女っぽい仮面を被る余裕など無かった。
「コロッセオで戦う狂戦士だってCG無しで出来そうなのに⁈まさか、顔の傷痕?傷痕なんか気にしてるの?んなもんイケメン度アップのスパイスよ!私に夫がいなかったら100パーナンパしてるわ!あー!いや!人見知りの私じゃ無理だったかもー!」
はぁはぁと息を切らし、早口で言いたい事を言い切ったイレイラは急に我に返り、咳払いをした。
「……母さん、意味がサッパリわからないわ」
困惑気味でロシェルが首を振る。それに同意する様にレイナードは首肯した。
「ごめんなさい、つい……推しを蔑ろにされたみたいな気分になったの」
「でもレイナードがカッコイイと言いたい事だけはちゃんとわかったわ、母さん!」
「そうよね、そうよね!」
そう言い合い、キャッキャとお互いに手掌を合わせてロシェルとイレイラが喜び合う。二人がはしゃぐ姿はまるで双子だ。本当に仲が良い。
レイナードはどう反応して良いのか全くわからないまま、このお茶会は『レイナードに、自分がイケメンである事を自覚させるには』をテーマとし、その後も無駄に、長々と続いたのだった。
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