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「……大丈夫ですか?レイナード様」
すっかり干からび、ライフゼロ状態で客室のソファーに体を預けているレイナードにそう声をかけたのは神官のセナだ。
「温かいタオルをお持ちしましたので、こちらを目の辺りにのせておくといいですよ」
言うと同時に、そのタオルを、レイナードの既に閉じられていた瞼の上にセナがそっと置いた。
「ありがとう……助かるよ」
部屋まで戻る道中の簡単なやり取りの中で、『どんな事でも楽に話して欲しい』とセナに言われていたレイナードは、そのまま甘えるように言葉を続けた。
「元気だな、その……『女性』というのは。男同士のノリとはまた違って、全くついていけなかった」
「イレイラ様は異世界の出身者で、たまに不思議な単語を操りますから仕方ないですね。ロシェル様は母親似ですから、全くイレイラ様の言葉の意味を理解していなくても、そのまま同じテンポでついていけるのだと思いますよ。あぁなられてはもう家長であるカイル様も入る隙がありません。その後はとっても拗ねて、今度はカイル様が手に負えない状態になるので……あの様に、イレイラ様が素の姿で楽しそうにされているのを久しぶりに見ました」
「では、俺はきちんと彼女達を『もてなせた』というわけか」
「そうですね。本来は逆であるべきなので、申し訳ありません。——そして、ありがとうございます」
「はははっ」と笑うレイナードにセナが頭を下げた。
午前中におこなわれた茶会だったので『昼食はどうするのか』と、セナがテラスに行った時、二人の様子はそれはそれは大変な盛り上がり様だった。本人を前に賛美が飛び交い、ロシェルは自分の使い魔が褒められ、嬉しさあまって椅子に座るレイナードをシュウと共に背後から抱き締めてまでいた。
昼食として『サンドイッチを持って来て欲しい』とイレイラから頼まれたセナがチラッとレイナードへ視線をやると、彼はすっかり魂が抜け切った様な顔をしていた。それに気が付きながらも助ける事が出来ず、食事の用意の伝達をせねばならぬ事を心苦しく思いながら、セナはその場から離れたのだった。
——その件の謝罪を終え、セナはほっと息を吐く。何度もレイナードが謝罪され続けて辟易しているかもしれない事をセナはエレーナから聞き知っていたので少し迷ったのだが、締めは感謝の意にしたので、彼が『またか』と思う事は無いだろう。
「まぁ……言ってる意味はほぼ理解出来なかったが、それでも楽しかったよ」
「そう言って頂けるととても嬉しいです。疲労感だけ与えてしまったとあっては、今度は神官達が揃ってレイナード様の元へ謝罪に行かねばなりませんからね」
セナが冗談めかしにそう言うと「はははは!それは勘弁してして欲しいな」とレイナードが楽しそうに笑った。
体を預けていたソファーから体を起こし、目の上に置いてあったタオルをレイナードが手に取る。そのタオルをセナへ差し出した。
「ありがとう、少し楽になったよ」
「もう一度温めなくても大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ」
そう言って、レイナードが男惚れする笑顔をセナに向ける。彼のその笑顔にセナは、過去世で自身の親だった者の姿が重なり、心が温かくなったが、『他の男が見たら、これは惚れるな』とも思った。レイナードは『男が惚れる男だな』とも。
「では、また必要になりましたらいつでもお声掛け下さい」
そう言って、セナが優しく微笑んだ後、「——そうでした!」と何かを思い出したかの様な声を上げた。
「ん?どうかしたのか?」
「はい。実は今日街に出ましたら、旅の商人達が露店を開いているのを見付けて立ち寄ったのです」
「面白そうだな。何か珍しい物でも?」
レイナードが興味深げにセナの言葉を待つ。
「えぇ、そこで『お香』という物を見付けて買って来たのです」
「お香?」
セナは頷き、「これです」と言いながら神官服のポケットから小さな箱を取り出した。
箱の蓋を開けると、中には円錐形をした色の違う9個の小さな香が綺麗に並んでいた。セナがそれをソファーに座るレイナードに見せる。
「いい香りがするな」
「でしょう?これに皿などの上に置き、火をつけて、香りを楽しむ物らしいです。特にこれは睡眠時にオススメらしく、様々な効果が期待出来る品らしいですよ」
「様々な効果?」
「えぇ、安眠やリラックス効果……あとは、夢にも影響があると言っていました」
「それはいいな」
昨夜はあまり眠れなかったので、レイナードが関心を寄せた。
「少し目の下にクマが出来ていましたから、眠れなかったのではないかと思いまして用意してみたのです」
「目立つか?」
「いえ、大丈夫です。何となく程度ですから、他の者は気が付いていないかと」
「よかった……此処の者達はずいぶんと優しいからな、あまり心配させたく無いんだ」
ソファーの背もたれにドンッと再び体を預け、レイナードは息を吐いた。
「寝室のサイドテーブルに置いておきますので、睡眠前に是非お使いください。火を点ける為の魔法具も一緒にしておきましょう」
「ありがとう、セナは気がきくな」
「これが仕事ですから」
そう言ってセナが一礼して客室から出る。レイナードは彼を見送ると、夕食までの時間をソファーの上で仮眠を取りながらすごした。