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蝶舞(かれん)@常にスランプ
#女主人公
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セヴェリウス皇帝は、ヴァルドを王宮へ呼び出した。
グランツィア戦争において、青野ヶ原でガイロと死闘を繰り広げ、
敗戦ののち捕虜となった将軍である。
帰還後は軍を退き、故郷で隠棲していた。
皇帝は玉座から静かに語りかける。
「予が愚かであったばかりに――
アウストリーテではグラントをはじめ、多くの将兵を失った」
「あの田舎皇帝は、大陸封鎖令違反を咎め、
十万の兵をこのヴァンガルドへ差し向けるつもりじゃ」
「帝国は、滅びの淵にある」
一拍、間を置く。
「この国を奮い立たせ、軍を指揮できる者は――
お主のほかにおらぬ」
「どうか、この願いを聞き届けてほしい」
“狼将軍”ヴァルドは、深く一礼した。
「命に代えましても」
その一言は、かつて戦場を震わせた響きを失っていなかった。
――そのとき。
急報。
ラディスが皇帝に耳打ちする。
「なにっ!」
皇帝の顔色が変わる。
「亡国に瀕した皇帝を――笑いに来たのか」
「いえ」
ラディスは静かに首を振った。
「……なんと」
エスカリオ商王国宰相コピットより、
巨額の軍資金供与を記した目録が添えられていた。
皇帝は息を呑む。
「我が国は……まだ戦えるのか」
ラディスは、うなずいた。
その瞬間――
セヴェリウスの眼に、わずかな光が戻る。
「……会おう」
帝国の功労者、ククス・ゼイオンを戦場で串刺しにし、
多くの帝国将兵の将兵の命を奪い――
今まさに、十万の兵を向けようとしている国。
グラツィア、
そしてサイラス・イシス。
皇帝は、将官・貴族・官僚を招集した。
玉座の間。
空気は、張り詰めている。
そこに――
サイラスが現れた。
一切の物怖じもなく、
ただ静かに、中央を進む。
その瞬間。
「貴様ァッ!!」
一人の将校が、怒号とともに飛び出した。
剣を抜く。
ラディスが止めようとする。
「よせ――!」
しかし。
サイラスは、わずかに視線だけで制した。
――不要だ。
その目は、そう語っていた。
「よくもおめおめと……!」
「お前は帝国の敵!
この場で血祭りにあげ、グラツィアに送り返してくれる!」
怒号が飛ぶ。
だがサイラスは、一切それに応じない。
ただ、まっすぐに玉座を見据えた。
「私は、皇帝陛下に不敗の策をお届けに参りました。
願わくば――お聞き届けを」
静寂。
わずか一瞬、場の空気が止まる。
セヴェリウス皇帝は、短く言った。
「……聞こう」
サイラスは一歩、進み出る。
「このサイラス・イシス、
セヴェリウス皇帝陛下に、不敗の策を献じます」
「一つ――戦わぬこと」
ざわめき。
「二つ――帝都を捨てること」
空気が変わる。
「三つ――講和せぬこと」
そして、言い切る。
「すなわち――“負ける条件”をすべて捨てることです」
「——それにより」
一拍。
「来たる春。
大陸にただ一人、戦を終わらせた皇帝として――
万国は、陛下に従いましょう」
――爆発した。
「戦わずして、どうして勝てる!!」
「我らは誇りある帝国の将兵、一戦も交えぬことなどあり得ぬわ」
「玉砕覚悟で戦えば、まだ道はあるはずだ!」
一人の将が踏み出すのと同時に、
他の将官たちも雪崩のように前へ出る。
「帝都を捨てるだと!?」
「グラツィアに明け渡すくらいなら、
焼き払って瓦礫にしてくれるわ!!」
帝都市長マルゴーが怒鳴りながらでてきた。
「講和もせずして
帝国臣民の安らぎの日は来るのか! バカも休み休み言え!」
「先年の屈辱をまた繰り返せと言うのか!」
貴族たちが一斉に声を上げた。
怒号、怒号、怒号。
玉座の間は、もはや制御不能だった。
――ただ一人。
サイラスだけが、微動だにしない。
「では――戦って勝てると、どなたが保証されるのですか?」
会場は、凍りついた。
サイラスは一歩も動かない。
「十万の軍勢に対し、帝都で決戦して勝てる布陣があると?」
誰も答えない。
「帝都に籠城し、軍と民が飢えぬだけの食料があると?」
沈黙。
「そして――交渉によって敵を屈服させるだけの“カード”を、
帝国は持っていると?」
完全な静寂。
サイラスは、ゆっくりと見渡した。
将官も、貴族も、市長も。
誰一人、目を合わせられない。
「……私は」
一拍。
「誇りだの、玉砕だのと喚き散らすあなた方に――」
静かに、しかしはっきりと言い切る。
「“勝利”とは何かを、問うているのです」
一番前にいたヴァルドが進み出た。
「いま、皇帝陛下より、この度の防衛の指揮を任されたヴァルドだ」
ざわめきが収まる。
「皆、聞いてほしい。
私とここにいるサイラス殿は――」
一瞬、言葉を切る。
「皇帝陛下の御前にて、青野ヶ原で文字通り死闘を繰り広げた」
場の空気が変わる。
「そのときサイラス殿は、刺し違える覚悟で
ククス・ゼイオン殿を討った」
「……だが」
低く、しかしはっきりと言う。
「その恨みは――いま、私にはない」
「戦場で死ねなかった者に、過去を語る資格はない」
ざわめきが止まる。
「いま優先すべきはただ一つ。
カイルを打ち負かし、皇帝の座から引きずり下ろすことだ」
そして、サイラスを見る。
「サイラス殿――言葉が足らぬのではないか」
「カイルを帝都に入れれば、我らの勝ち――
そういうことではないのか?」
サイラスはヴァルドの言葉に
我が意を得たりと頷いた
ラディスが一歩進み出た。
「皇帝陛下――遷都の準備を急ぎましょう」
場がざわめく。
「遷都だと……?」
ラディスは静かに続けた。
「場所は――セントペテロがよろしいかと」
誰も言葉を発せない。
ラディスは、わずかに口元を緩める。
「……サイラス殿も、お人が悪い」
「ようやく、愚才たる私にも理解できました」
その言葉に、視線が一斉にサイラスへ集まる。
「確かに――カイルは、ゼイオン殿の考えに似ている」
「勝利を“形”で定義するところなど、まさに」
一拍。
「ところで」
ラディスは何気なく問いを投げた。
「カイルは、ゼイオン殿の息子という噂……
あれは本当なのでしょうか」
場の空気が、わずかに張り詰める。
サイラスは、間を置かず答えた。
「――存じ上げませぬ」
そして、きっぱりと言い切る。
「もしそう公言しておるのであれば、僭称でしょう」
セヴェリウス皇帝はサイラスにの指示に従う代わりに
なぜ自分がアウストリーテで負けたのか教えてほしいといった
サイラスは承知した
サイラスは常勝カイル軍団の魔法にも見えた手品の種を解きつつあった
重苦しい空気が、沈黙とともに沈殿していた。
主だった将官たちが並ぶ。
豪奢な軍服とは裏腹に、その眼はどこか曇っている。
向かいに立つサイラスは、静かに口を開いた。
「皇帝陛下――」
「帝国軍は“軍隊”ではありません」
一拍。
「“隊列”です」
ざわめき。
「……何を言っている」
セヴェリウス皇帝が低く問う。
「敵は違います」
サイラスは地図に駒を置いた。
「彼らは――“生きた組織”です」
駒をいくつも並べる。
「これが、カイルの軍団」
ひとつひとつが独立している。
「歩兵、騎兵、弓兵を内包し、単独で戦える」
「補給も、判断も、自前で行う」
「彼らは現地で補給し、進軍を止めません」
将官の一人が吐き捨てる。
「そんなもの、統制が取れぬ」
「逆です」
即答だった。
サイラスは一つの駒を進める。
「命令がなくとも戦える。だから速い」
別の駒が、側面へ回る。
「一つが敵を引きつけ、別が包囲する」
「アウストリーテでは――
帝国軍が中央が崩れた瞬間、
既に側面と後背に軍団が現れていました」
そして最後の駒を置いた。
「――決定的な一撃だけを、カイル自身が叩き込む」
沈黙。
「……まるで、生き物だな」
「はい」
サイラスは頷いた。
「彼らは軍ではありません」
「――国家そのものです」
セヴェリウス皇帝が問う。
「……我らは違う、と」
「はい」
「帝国軍は、身分でできています」
貴族の騎兵。家柄で選ばれた将校。
命令を待つだけの兵士。
「指揮官が倒れれば、軍は止まる」
「命令がなければ、誰も動かない」
「命令がなければ動かない――
いや、動けないのです」
「責任を取らされるのは、常に現場でありますから」
サイラスの声は、淡々としている。
「ですが、カイル軍は違う」
「能力ある者が上に立つ」
「昨日の下士官が、明日の将軍になる」
将官たちが苦笑する。
「無秩序だ」
「ええ」
サイラスは肯定した。
「――だから強いのです」
外から、兵たちのざわめきが聞こえる。
疲労。諦め。
戦う理由のない音。
一方――敵陣では歌が響くという。
祖国のために戦う者。
出世のために戦う者。
理念のために戦う者。
「……我々は、皇帝陛下のために戦っているのだ」
誰かの呟きが落ちた。
サイラスは答えない。
ただ、皇帝を見る。
「皇帝陛下」
彼は、地図の上の駒をすべて払い落とした。
乾いた音が響く。
「これは戦術の差ではありません」
一拍。
「――“時代”の差です」
セヴェリウスは、ゆっくりと目を閉じた。
敗北の意味を、初めて理解した顔だった。
皇帝は遷都を承諾した
馬車は、静かに北へ進んでいた。
窓の外には、重く垂れ込めた雲。
セヴェリウス皇帝は、ふと口を開いた。
「……昔、ゼイオンに問うたことがある」
ラディスは黙って耳を傾ける。
「お主亡き後――誰を頼ればよいか、と」
一拍。
「奴はこう言った」
「内政はラディスに。軍はヴァルドに任せよ、と」
ラディスの目がわずかに伏せられる。
「だが――」
皇帝は、空を見上げたまま続けた。
「その先のことは、サイラスに任せたかった……とな」
沈黙。
車輪の音だけが、一定のリズムで響く。
「……予は」
ゆっくりと、言葉を選ぶように。
「運命に導かれておるのやもしれん」
どんよりとした空。
冬の気配が、すでに大地を覆っている。
「長い冬になるやもしれんな」
ラディスは、静かに頭を垂れた。
サイラスとヴァルドは、地図を前に向かい合っていた。
「私が考えているのは焦土作戦です」
ヴァルドは淡々と言う。
「この広大な草原一帯を焼き払い――
カイルに一粒の麦すら与えません」
その言葉に――
サイラスの脳裏に、あの夜がよぎる。
灰野の夜。
燃え上がる村。
逃げ惑う民。
自らの手で焼き払った光景。
胸の奥が、締めつけられる。
だが。
「……私の焦土作戦は、少し違います」
ヴァルドが目を細める。
「?」
サイラスは、静かに地図に手を置いた。
「焼かなくてもいいのです」
沈黙。
「……焼かなくても、よかったのです」
「あの夜も――」
そうつぶやいた
ヴァルドの眉がわずかに動く。
サイラスは顔を上げた。
その表情は――どこか軽くなっていた。
長く絡みついていた鎖が、音もなくほどけたように。
「敵に食料が渡らなければそれでいいのです」
一拍。
「帝国の国民自身にに運び去ってもらえばいいのです」
風が吹く。
草原は、そのまま残る。
ただ――そこには、何もない。
「なるほど…」
ヴァルドが、低くうなった。
「焼かずとも、同じことか」
サイラスは、静かに頷く。
「ええ」
そして、わずかに目を細めた。
「今度は――間違えずに済みます」
サイラスは地図を指でなぞった。
「帝国には――帝国軍に属さぬ部族騎馬が、
この一帯に居住しておりますね」
ヴァルドがわずかに目を細める。
「……よくご存じで」
「以前は、隙あらば彼らを動かし、
反乱の火種にしようと考えておりました」
「今、それを言いますか」
ヴァルドは苦笑した。
「もう使いませんから」
サイラスはあっさりと言い切る。
そして、続けた。
「彼らに布告をだしましょう」
指が、地図の各所を打つ。
「戦火から逃れてくる居住民を保護した者には、
報奨金を与える」
「……なるほど」
「都市の食糧庫は開放し、
民に残らず分け与える」
ヴァルドの目が、わずかに鋭くなる。
「つまり――」
「敵に奪わせるものを、最初から消す」
一拍。
「で、焼かない」
サイラスは静かに言った。
「……やるべきは、道路と橋の破壊」
「そして」
視線が、ヴァルドに向けられる。
「神出鬼没の――ヴァルド殿」
沈黙。
やがて、ヴァルドが低く笑う。
「お任せを」
「補給を断ち、進軍を遅らせ、
疲れたところを叩く」
サイラスは、わずかに口元を緩めた。
「ええ」
「戦場を選ぶのは、こちらです」
そして――
少しだけ、悪戯めいた笑みを浮かべる。
「私は常勝カイル軍団の致命的な欠点を発見しました」
この頃、カイルはその絶頂にあった。
連戦連勝。
大陸は、ほぼその手中に収まっていた。
各地に軍団を送り、
信頼できる者を王として据える。
その頂点に、自らは皇帝として君臨する。
ヴァンガルド帝国は屈辱的な講和を強いられ、
広大な領土を失った。
その周囲には、いまやカイルの意のままに動く
いくつもの衛星国家が並ぶ。
かつてのスカーレット王国はすでに消え、
その大半は、スパルーニャ共和国として再編された。
――名は違えど、その実、すべてはカイルの支配下にある。
唯一、従わなかったのは
エスカリオ商王国。
カイルは艦隊を差し向けた。
だが、海は彼のものではなかった。
勝てぬと見るや、彼は剣を収める。
そして、別の武器を取った。
――大陸封鎖令。
交易を断ち、富を断ち、
ゆっくりと首を締め上げる。
戦わずして屈服させるための、
静かな戦争だった。
このころのサイラスの手記にこう書かれている
「最も危険な敵とは、何か」
「敗北を知らぬ者ではなく、」
「――勝利の中で、誤り始めた者だと」
カイルのヴァンガルド遠征前夜のことである。