「ひぃいいッ! 眼福過ぎる、目が潰れる……!」
翌日の夕方ごろ、聖女殿の前には魔法で黒い髪に染めたリースが立っていた。いつもはあまりの神々しさに見るのもためらわれるほど眩い金髪なのだが、こう純黒の髪というのもまたリースには似合いすぎていて困る。きっと何色でも似合うのだろうが、黒髪ルビーの瞳というのもまた素晴らしい組み合わせだった。
私はあまりの尊さに両手を合わせて拝みながら、彼の姿を網膜に焼き付けようと必死になっていた。
(うんうん、やっぱり美形って素晴らしい……! ヒロインのストーリーでは、お忍びデートっていって黒髪に染めているところはあったけど、こう実際見てみるともう感慨深いものが)
そんな必死に拝む私の姿を見てリュシオルもルーメンさんも呆れたように苦笑いを浮べていたが、私はそんなこと気にならないぐらいに目の前の推しのレア姿に心を奪われていた。
「随分と嬉しそうだな。そんなに俺の黒髪がいいのか?」
「勿論! でもそりゃ、リース様といったら金髪で、金髪と言ったらリース様だけど。それでも黒髪リース様もとっても素敵で、ここにカメラがあるなら何枚だって撮る……ああ、でも無料で撮らせて何て言わない! 何万と貢ぐ!」
私がそう早口でまくしたてると、リースも呆れたようにフッと笑った。
ああ、その顔で台無しだわ。と思いつつ、私はリースを上から下へと見た。服装はいつもの白を基調とした物ではなく、平民が着るようなラフなもので確かに見た目は庶民といった感じなのだが、そのオーラを隠すことはやはり出来ないようで服と顔があっていない……訳ではないがアンバランスなように思える。
まあ、それも全て良いのだけど!
(でも、その綺麗な黒髪見てると……遥輝だった頃というか、遥輝の姿と重なるなあ)
リース様よりかは背が低くかったがモデルのようにすらりと足が長く、リース様に引けを取らないぐらいに整った容姿をしていた遥輝は、イケメンでモテていたのにも関わらず二次元オタクコミュ障の私の恋人だったのだ。元であるが。
現実であんなに綺麗な黒髪の人がいるのだろうかと驚いたぐらい。いいや、出会った当時から彼の容姿の美しさというかオーラに惹かれていた。そりゃ、全てが目立つ作りで圧倒的な存在感を放っていたからであるけど。
「な~に結局リース殿下とまわることにしたのね。エトワール様」
「うっ、リュシオルやめてよ。そんな」
うりうりと私の肩を肘でつつきながら、からかい交じりの声を出すリュシオルに私は顔を赤くしながら言い返した。するとリュシオルも楽しそうに笑っていて、なんだか恥ずかしくなって俯いてしまう。
でも、ここでアルベドとまわることが確定していると言うことが言えない私は本当に俯く以外に何もアクションが起こせずにいた。
そんな私を見てか、リースは優しく頭を撫でてくれた。
それに思わずキュンときてしまい、顔を上げると微笑んだままのリースと目が合う。いや、キュンどころではない失神レベルである。
(ああ、もう……! 推し! 私の推し! 何してくれるの!? 全く、こんなことされたら死んじゃう、死んでもいい! 何をしても絵になる~ッ!)
そう心の中で黄色い歓声を上げるが、ふと我に返ると推しの中身が元彼であることに気づき急に冷めてしまう。
いけない、いけない危うく騙されるところだった。
「殿下、くれぐれもはしゃぎすぎないように」
「誰に言っているんだ。ルーメン」
そんなことを思っている私の傍らで、ルーメンさんは最後の注意事項とでもいうようにリースに忠告していた。
それに対してリースも余裕そうな、聞く耳も持たないと言った表情を浮かべているが、そんな彼の様子にルーメンさんは小さくため息を吐いていた。
だが、その様子を見て一人興奮しているリュシオルは尊いなど呟き息を荒くしていた。さすが腐女子リュシオル抜け目がない。
でも、そんな彼女の様子を見て私は少しだけ冷静になれた気がする。今、もしかしたらこの場で一番まともかも知れないと。
「……色々言ったが、やっと彼女と回れるんだから楽しんでこいよ。遥輝」
「ああ、感謝してる。灯華」
と、彼らは私に聞えないぐらいの声で言葉を交し微笑んでいた。
その姿が遥輝と彼の友人の灯華……さんと重なって、こちらも主従関係のようなものなのに何処か友人のような空気感があるなあと、つい口元を緩ませてしまった。
そうして私たちは出発することとなり彼女たちに見送られながら聖女殿を後にする。
先ほどまではあれ程までに騒がしかった会場が一気に静まり返り、二人の間に沈黙が流れた。
(待って、途端に気まずいッ!)
これから、星流祭だというのに一体全体どうしてこうなったのか。
やはりこの世界に来てからというもの、まともに彼と会話が成り立っていない気がするのは気のせいだろうか。気のせいじゃないか……
そう思って、ちらりと隣にいるリースを見ると彼はこちらをじっと見つめていて、私は慌てて視線を逸らす。
だって、中身は元彼でも外見は推しなのだから!直視出来るわけが無いじゃない。
「俺と来るのは嫌だったか?」
「ひゃッ! え、え、なんで!? 推しと祭りに行けるのオタクにとってはこの上なく幸せなことなんだけど!」
「そうじゃない……確かに、外見はお前の推しのリース・グリューエンかもしれないが」
と、リースは悲しげに目を伏せる。その様子に私はハッとして彼に謝った。
そうだ、私の推しのリース様であるが中身が元彼で、完全なるリース様ではないからだ。きっと、そのことを気にしていったのだろう。
中身は元彼の、遥輝であるから。
「ううん、そんなこと気にしてないから。確かに疑似で、デ、デート……的な感じではあるけど、別に遥輝とまわりたくないって訳じゃなかったし、誘ってくれたのは嬉しかった。私からじゃ、誘う勇気ないから」
「それは本当か?」
「えっと」
「誘ってくれる予定だったのか?」
リースは私の顔を覗き込むようにして見てくる。その行動に思わずドキッとしてしまった。
だから、リースは中身は元彼だけど外見は推しなんだってば! そして、リースの表情は真剣そのもので、中身の遥輝のスイッチが入ってしまったのだろうと私は苦笑いを浮べる。
いや、私からは誘わなかったよ。とは言えるはずもなく、私が誘えると思う?と返すことでその場をやり過ごした。
「何笑ってるの……」
「いや、嬉しくてな。ずっと、巡とデートしたかったんだ。俺の夢だった」
「え……あ、大げさな」
リースの言葉に私は言葉が詰まってしまった。
巡と私の名前を呼ぶところから見てとるに、それはきっとリース……遥輝の本心で、彼が本当に昔から私とデートがしたかったと言うことを物語っていたからだ。
それに、リースはいつも私の前ではクールだったからこんな風に素直に好意を向けられるとどうしていいか分からなくなる。
推しのリース様に好かれるのは嬉しいことだけれど、それが中身の元彼だと思うと複雑な気持ちになった。ううん違う、私がずっと彼の好意から目を背けてきたからだ。
「そうだ、エトワール。このデートではどちらの名前で呼べばいい?」
「ああ、えっと、エトワールか巡かって事?」
リースの言葉に私は首を傾げる。確かに、リースにとって私の呼び名は2つ存在する。
しかし、私はリースの事をリースと呼ぶため特に気にしていなかったのだが、今となっては巡と呼ばれる事に違和感を感じてしまう。それぐらい此の世界で、エトワールとして解けてしまっているということになる。
「エトワールで良いよ。私も、リースって呼ぶし」
「そうか、分かった。そうしよう」
「別に名前なんてどうでもいいのに……」
「よくない。だって、愛しの人を呼ぶんだぞ? 大事なことだろう」
リースはそう言うと私の手を取って指先にキスをする。その行為に私の心臓は大きく跳ね上がった。
だから! 推し! そういうことしないで!
リースのその行動に私は顔が熱くなるのを感じた。きっと今の私の顔は真っ赤になっているに違いない。
果たして、この調子で星流祭をまわりきることは出来るのかと私は不安になりつつも彼の手を振りほどけずにひたすら下を向きながら歩いた。
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