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南風家側の一同の表情が固まり、室内の空気までもが冷ややかになる中。剣家側の御一行は『その通りだ、親父!』とでも思っていそうな雰囲気になっている。前当主である故・剣エイガ氏が、もしこの場に居たら、息子の惺流の首根っこを掴んで退出していたに違いないと思う程、盛大に的を外した発言であった自覚は微塵もない様だ。
知識、才能、学歴、容姿、体格、魔力の質や保有量など、もうどれを取っても、この三兄弟よりも叶糸の方が遥かに優秀だ。
『平民』の出であるというハンデを補ってあまりある程に。
そもそも南風家は初代からずっと『貴族』だ『平民』だのと固執していない一族だ。『叶糸が平民の出である』という一点だけを責めるやり方は、やる気と技能さえあれば血筋は気にしない一族に対して行う演説としては完全に落第点だ。
相当腹に据えかねているのか、叶糸はテーブルを爪で引っ掻き始めてしまった。『クソ親父が!』と叫ばないだけ偉いとは思うが、後で直しておかないと。
そんなマーモットな叶糸にチラリと視線をやり、惺流が『ふっ』と馬鹿にした様に軽く笑った。
「まぁ、そもそも、こういった席にペットを同行している時点で実に幼い」
口元がひきつったが、反射的に言い返すのだけは何とか耐えた。
「噂によると、その幼さを補う為なのか、ウチの叶糸に家庭教師を依頼しているらしいですなぁ」
「えぇ、大学の学長直々の推薦です。高成績なだけじゃなく、人望もあって、指導役にも向いているからと」
「あの大学の学長は確か、南風侯爵家の遠縁の者のはず。あぁ、ならば御令嬢を慮っての采配でしょう。あやつは不出来が故に常に忙しくしておりますからなぁ。すぐにでも担当を変えた方がいい!」
アルサの言葉に対し、『忖度で教師を決めるとは、実に馬鹿馬鹿しい』とでも思っているみたいに、ゆるゆると惺流が首を振った。二人が大人しく聞いているからか、態度はもう完全に侯爵家の当主夫婦をも『若輩者め』と小馬鹿にしている感じである。
「……婚約に向けての交流の意味もあるので、変える予定は御座いません。それに教え方も丁寧で、義妹もとても喜んでいますから」
そう言ったサリアの表情は凍ったままだ。夫のアルサ程には感情を上手くコントロール出来ないとみえる。
「いやいや、叶糸では教える内容もすぐに枯渇するでしょう。それに、婚約を前提とした交流も兼ねているのなら、尚更この三人を家庭教師に指名するべきですぞ。政治経済、騎士道精神、魔法学と、多種多様な学問の要望にお応え出来ますからな!」
(……叶糸はそれプラスで教えられますが?ってか、まぁ実際には家庭教師なんかして貰ってもいないんだが)
なんかもう黙って話を聞くのも辛い。でも成人前の女性が会話に割り込むと、『マナーがなっていない!』と怒り出す貴族が年配者には多いらしいので必死に耐える。実際には千年以上も『管理者』をやっている私が一番の年長者なんだけども。
「しかしまぁ、息子達では婚約者としてどうしても不安だと言うのでしたら——」とまで言って、惺流が勿体ぶった感じに言葉を切った。そして咳払いをし、ビール腹を自慢気にドドンッと突き出しながら、急に胸を張った。
「選択肢の一つとして、御令嬢の婚約者候補にワシを入れる事もまぁ、やぶさかでは御座いませんぞ」
「「…………」」
まさか二度もアルサの表情を凍らせるとは……。国を動かす舌戦の場では、将棋やチェス並みに先を読み、多様なパターンの会話を想定するであろう彼でも、『コレ』は予想外だったのだろう。サリアに至ってはもう顔に血管が浮き、叶糸は円卓の角を可愛いお手々で握り潰してしまっている。
そんな中、私は『コイツはアホの申し子なのか?』という驚きを通り越し、もはや笑えるレベルに達していた。だが、当事者なので笑う訳にはいかないよな。
マーモットな叶糸を抱く私にチラリと視線を向け、値踏みするような顔で惺流がふっと笑った。何となくだけど、『マーモットが好きなら、ワシも好みなのだろう?』とでも思っていそうで、ざわりと背筋に悪寒が走る。
「妻とは七年程前に死別しましたからな。そろそろ再婚も悪くないと思っとります」
「いやいや、貴方は剣男爵家の現当主じゃありませんか。叶糸氏の代わりに婿養子となるには不適任ですよね?」
アルサが温和な顔に戻り、そう伝える。忍耐力の高さは人並み以上だ。
「ワシももう歳ですからなぁ。長男に家督を譲って、南風家の婿養子となるのも悪くないと思うのですよ。年の功もあって妻を躾けるのにも慣れておりますし、まだまだ男としても捨てたもんじゃぁありませんから、後継者候補の心配もいりませんぞ」
(うわぁ、どうでもいい情報まできたわ)
コレには私もすんっと冷めた表情になってしまう。私の中身がミイラ並みだとは知らないくせに、よくまぁ自分の子供らよりも年下の娘をそんな目で見れるなと。そして何より、『妻』を『躾ける』という発想にもかなり引く。それをこの場で口に出来てしまう想像力の無さときたらもう、同情するレベルの恥ずかしさだ。
「何だったら南風家をワシが率いても良いですしなぁ!ガハハハッ」
(いやいやいや……)
墓場の影で前当主であるエイガが泣いている姿が見える気がする。後継者がこんなんだったのでは、平民の生まれであろうが、惺流と養子縁組させた叶糸の方に全てを残したくなったのも納得だ。
「いえいえ。それには全く及びませんよ。南風家には豊富な人材が充分揃っていますから」
ハッキリバッサリとアルサが告げたが、コイツ相手では何処まで伝わったのかは正直疑問だ。
「——まぁ、剣さんの御提案は理解しました。まずは検討するに値するかを検討する所から始めねばなりませんから、今日の所はお引き取り願えますか?」
ニコニコと優しい笑顔で言えるアルサは本当に偉いと思う。サリア姉さんはもう表情が完全に石みたいだし、叶糸からは怒りの冷気がダダ漏れしそうになっているのを、私が必死に堰き止めている様な状態だから。
「わかりました。色好い返事をお待ちしております」
「……ちなみに、それでも叶糸氏との婚約を推し進めたいと妹が願った場合は、受け入れて頂けるんでしょうか?」
サリアの問いに対し、惺流は「正直に申しまして、それは難しいでしょうなぁ。不幸になるとわかっていて妹さんを差し出す神経が理解出来ませんわい」と呆れ顔で返した。
「支度金は存分にお支払いすると御提案しても、でしょうか」
「し、支度金……」
侯爵家が相手であれば相当な額が期待出来る。しかも相手は古参貴族組として名を連ねている『南風』家だ。難あり確定な他家に身売りするよりも高額になるであろう事が容易に想像出来たのか、惺流の気持ちが軽く揺らいでいそうだ。
「ま、まぁ、その辺は最終的な話し合いの中で、という事で」
そうサリアに告げた惺流の顔には、随分と欲望がダダ漏れている。侯爵家との縁と潤沢な支度金を得るか、はたまた自分か三人の息子の誰かが南風家に婿入りして『吉兆』を嫁にしつつ実権を握るか。
後者は絶対に有り得ない話なのに、その二択の皮算用の間で揺れる惺流の姿は、かなり滑稽だった。
コメント
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うわー、第25話もめちゃくちゃ面白かったです…!🤍 惺流さんの「妻を躾ける」発言とか「ワシも候補に入れて良いですぞ」ってマジで何言ってんだって感じで、読んでて笑っちゃいました。叶糸が必死に怒りを抑えてる姿、めっちゃ可愛かったです🥀 でもサリア姉さんの血管浮き出てる描写とか、叶糸がテーブル握り潰すシーンとか、怒りと滑稽さのバランスが絶妙でした。この展開、次どうなるのか気になりすぎます…! アルサの忍耐力、本当に尊敬しますね。私だったとっくにキレてるかも💦