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「すぐに別件の予定もありますので、見送りは家令にさせますね。私達は此処で失礼します」
アルサは惺流にそう告げ、執事風の格好をした家令を呼び出すと、剣家御一行を笑顔で押し付けた。そして四人が完全に退室した事を確認してから大きなため息を吐き出し、気持ちを切り替えるみたいに顔を上げ、「——さて、早速隣の部屋に移動しようか」と私達に提案する。
「隣に何かあるのか?」と訊きつつ、「行けばわかるよ」と返して移動を始めるアルサとサリアの後に続く。もちろん腕にはマーモットなままの叶糸を抱いて。そして彼を宥めるみたいにずっと頭を撫でてやる。拗ねて、でもずっと怒ってもいて、そして過度なストレスにも晒されているみたいで見ていてかなり可哀想だ。
(私的には、あそこまで突き抜けていると、むしろ面白いなと思えてしまうんだよなぁ)
既にもう達観している私とは違って、叶糸は爪で自分の手のひらを引っ掻き始めた。そのうち体を噛んだりまでしそうな彼を立て抱きにし、私は赤ん坊をあやすみたいに背中を軽く叩いてやった。
「アレはないよな、わかるよ。でもまぁ心配は無用だ。そもそもあんな話が通る訳がないんだから」
「オレもそれはわかってる。わかってるけど、養父が気色悪い類でのアホだったせいで、どうしたってイライラするんだ。……アルカナを馬鹿にもされてムカつくし」
「そうか。私の為に、そんなに怒ってくれているのだな」
彼に触れる手が自然と一層優しくなる。自分に対してだけだったなら、きっとこうはならないのだろうな。本当に優しい子だ。
懐から取り出した鍵で扉の施錠を外し、魔術のロックも解くと、アルサ達が隣接する部屋へ入った。私達もその後に続く。
隣接していた部屋はさっきまで居た応接室と同じくらいの広さで、数台のパソコンと複数台のモニターが壁一面にずらりと並んでいた。そしてそれらのモニターには様々な部屋の室内と廊下の様子などが映し出されている。まるで監視室の様だ。多分この部屋は大元の監視室の簡易版程度のものだと思う。本丸は強固な監視体制と巨大な結界に守られている地下にあるんじゃないだろうか。
「この部屋は、ご覧の通り、邸宅内に複数ある監視室のうちの一つだよ」
私の読みを補足するみたいにアルサがそう教えてくれた。
サリアに促されて室内にある椅子に座る。するとアルサが一つのモニターを指差した。そこには出口に向かって廊下を歩く剣家の面々が映し出されていた。
「此処に君達を案内したのはね、私達が居ない場所だと、彼らはもっと本音をこぼしてくれるんじゃないかなと思ったからなんだ。あ、ちなみに、さっきの会話も全て録画しているよ。……見返すのも嫌になる低脳さだったけれど、まぁアレも大事な『情報』だからね」
「今は家令が側に居るのにか?」とアルサに訊く。すると彼は軽く肩をすくめ、「まぁ、往々にして、『貴族』ってのは家令やメイドの様な縁の下の力持ち達の事は、そこに居ない者として扱うからね」と教えてくれた。南風家の様に、仕えている一人一人を大事にしている貴族は残念ながら稀であるらしい。
「あ、ほら、早速話を始めたっぽいよ」と言いながらアルサが音声のボリュームを少し上げる。すると廊下を歩く剣家の面々の会話がハッキリと聞こえ始めた。
『——あの感じだと、婚約の話は俺達の誰かに決まりそうだな』
髪色は違えども、三つ子という訳でもないのに容姿どころか声まで似ているせいで、三人兄弟の誰がそう言ったのかはわからない。だが勘違いも甚だしい。何処をどう受け止めればそうなるのかと問い質したいくらいだ。
『熱っぽい眼差しをずっとこっちに向けてもいたしな』
誰が、誰にだ?私じゃない事だけは断言出来るが、流れ的に『私』が向けていたように思い込まれている気がする。無言を貫き通したが、どうやら視線すらやらない方が良かったみたいだ。
『誰が婚約者になろうが、文句なしでいこうな』
『あぁ、そうだな』
『わかってるって』
駄目だ。
何度聞いてもどれが誰の声か本当に区別出来ない。だがそもそも内容がないし、別段困らないから良いかと段々思えてきた。
『南風は確か、かなりの資産家だよな』
『あぁ、長者番付でも常に上位に入っていたはずだぞ』
『世界的に見ても、だったよな』
『なら、かなり贅沢が出来そうだな。頭空っぽで小綺麗な嫁貰って、金も地位もあって悠々自適とか、まさに天国じゃねぇか!』
ヒャハーとか言いそうな勢いで馬鹿話が続く。こんなくだらない話を傍でされている道先案内役の家令の男性が不憫になってきた。
『おいおい。婚約者になるのはワシの可能性だってあるんだからな?三弦はちゃんと、剣の家督を継ぐかもしれん事も視野に入れておくんだぞ』
(——無いから!絶対にっ!)
私にとって、精神的には四人とも若人な年齢なのだが、それでも生理的に無理!と思う程に気味が悪い。マーモット体だったら大声で『ゥアァァァァー!』と叫んでいた所だ。ずっと叶糸の心配ばかりをしていたが、まさか『龍の獣人』として『南風侯爵家』の当主の妹という立場を得ただけで、私にこんな災難が降って沸くとは!そのせいでザワッと全身に寒気が走る。『世の中にこんな人間が居ていいのか?』と思ってしまう程に理解不能だ。何をどうしたらあんな思考回路になるというんだ。
そう思ったのは私だけじゃなかったみたいで、サリアが「ねぇ、叶糸君」と随分と低い声で叶糸を呼んだ。
「貴方のご実家、潰していい?」
立てた親指をグッと下に向けるという、侯爵夫人にあるまじきジェスチャーをしながらそう訊いた。瞳孔が開き、ガチギレしているのがその表情だけで容易くわかってしまう。むしろあの場でよく耐え抜いたものだと感心する程のキレっぷりだ。
「御実家に色々あると、どうしても陰口を叩く人が居るから、出来れば穏便に、いっそもう金で解決してしまえば良いかしらくらいに思っていたのだけど……もう無理だわ」
瞳をキラリと輝かせ、「もう徹底的にどうぞ」と叶糸が小さなお手々の親指を立てて返事をした。叶糸だけで実行するには相当分が悪いが、『侯爵家』で、しかもこの国の『宰相』の家であり、情報戦において右に出る者がいない南風家が代行してくれるのなら一度目の様な最後は完璧に回避出来そうだ。
「予定では、徹底的に彼らを再教育して、南風家の傘下に入ってもらおうかとも考えていたんだけどね。でもあの感じだと、そもそも再教育すら難しそうだから、そうなっちゃうねぇ」
アルサももう諦め顔だ。いくら優秀な人材や教育者を派遣しようが、アレらにはもう匙を投げてしまうのが目に見える。
「長期計画でいこうかしら。じわじわといたぶって、有頂天の状態から叩き落としてあげるわ」
ふっふっふと笑うサリアの顔はもう、ネズミを前にした猫そのものである。少しでも動くと爪で引っ掻き、でも殺さずに、死ぬまで遊び倒す様子が想像出来てしまった。
——ここからは少し先の話になるのだが、結局叶糸の養父である剣惺流は私達の婚約を認める事になる。アルサ達が流したシンデレラストーリー的な噂の効果もあってか、他とは婚約交渉が上手くいかなかったからだ。当主夫婦が妹を溺愛しているとの話も最近では出回っているのもあってか、妹達の恋仲を邪魔なんかして、南風家を敵に回したい貴族なんかいるはずがないのだから当然か。
(あまりにごねると、私達の『結婚式』関連で話のついている星澤家からも反感を買っちゃうしね)
この婚約により『支度金』という名目で剣家は相当額の資金を得る。叶糸の以前の人生の時に、彼と他家との婚約により剣家に入った額よりも高額な現金と、他にも追加で鉱山の権利や不動産なども譲渡された。
だからか、一時は『男爵家に侯爵家が頭を下げた。妹可愛がり過ぎて、今の当主ではもう南風家は終わったも同然だな』と世間では噂されてしまう。
——だが、譲渡したのはあくまでも『権利』のみで、今までそれらの管理運営をしていた者達や、採掘のノウハウを持つ鉱夫までもがセットだった訳ではない。そのせいで結局すぐに剣家は管理しきれなくなり、逆に借金を抱える羽目になる。分不相応な資産を運用する手腕も知恵もなく、さらに人材や伝手すらも欠いていたためだ。結局最後は南風家に破格で買い戻してもらう事になった。
欲の皮だけが厚かった彼らの手元には何も残らず、多大な額の借金だけとなる。
前当主であったエイガの遺産も食い潰し、叶糸が相続していた資産も南風家経由で正当な持ち主のもとに戻され、『侯爵家をも手玉に取ってやった!』と有頂天になっていた時期には違法ギリギリという詐欺めいた話に乗って口の上手い者達の喰い物にもされ、婚約騒動から五年程度で剣男爵家は貴族としての地位も名誉を失い、お家そのものが潰える事となる。
一方南風家の方は譲渡したはずの物全てを取り戻したどころか、より一層資産を増やし、『叶糸』という最高の人材も得た強みで一層の栄華を欲しいままにする。そして『やはり南風家は敵に回していい相手じゃない』と貴族達から再認識される事となるのだった。
コメント
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**うわぁ〜〜!!😭💕 第34話、読み終えたよ!!** もうね、サリアの「潰していい?」からの親指グッと下げるシーン、最高すぎて叫んだ!!✨ あの場でよく耐えたよね、アルカナも叶糸も…! 剣家の三兄弟の「頭空っぽで小綺麗な嫁」発言には私も「ゥアァァァァー!」ってなりましたわ🤣 そしてラストの五年後エピローグ…じわじわ復讐完了して、しかも南風家がもっと栄えるって展開、溜飲下がりすぎて爽快すぎた…! 月咲さんの悪役の末路の描き方、マジで癖になるっ😭💕 次回も楽しみにしてるね〜!!⋆♡