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#和風ファンタジー
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──森はれみの願いを、叶えると言った。
「願いを叶えてくれる……それは、どんなことでも?」
おずおずと言うれみの表情は、切実だった。
森はフッと笑みをこぼす。
「逃げたいと言ってましたよね?」
れみは頷く。
「では日本から離れるというのは、どうですか?」
「え?」
森はれみの肢体を眺めて、
「南国の天国に近い島とか、タイのピピ島も素敵ですよ」
とにっこりと微笑んだ。
「タイ……ですか?」
「ええ。タイは山岳地帯でなければ、観光地で素晴らしいところですから」
——そうね。外国へ飛ぶ方が安全だわ。
れみは高飛びを即決して、森に
「じゃあ、そうします」
と言った時——
ブッブッブッと鈍い音が鳴る。
サイドテーブルに置いていた、森の携帯電話がマナーモードで振動していた。
「ちょっと、失礼するよ」
森は携帯電話を持って、室内に戻って行った。
森の背中を見送り、れみはサイドテーブルに置かれたシャンパングラスに手を伸ばす。
一気にシャンパンを飲み干して、れみは一息をつく。
——幸平さんと離れるけど……大丈夫よね。
私にタイを勧めたけど、会いにぐらいは来てくれるかもしれない。
れみは頬をピンク色にして、森への期待に胸を膨らませた。
空になったシャンパングラスに、スタッフは気づいたのだろう。
シャンパンボトルを持つスタッフと一歩下がった位置にアシスタントが、れみの側に来ていた。
「おつぎ致します」
とグラスにシャンパンを注ぐ。
「ありがとう」
れみは微笑むと、ボトルを持ったスタッフが一礼をして下がった。
れみは新しく注がれたシャンパンのグラスを持ち、口につけたのだが、
「……?」
アシスタントスタッフが下がらずに、そのまま立っていることに気づいた。
スタッフの顔など、気にしていなかったれみは、何か伝えることがあるのかも?と思い、アシスタントスタッフの顔を見たのだが——
「——え?」
れみは大きく目を見開いて、驚愕した。
スタッフの顔は──
「れみさん、逃げ切れると思っているのですか?」
にっこりと笑う樹だった。
驚きのあまり、れみはシャンパングラスを持つ指を離してしまった。
——パリーンッ
床に落ちたグラスが割れる音が、響きわたる。
ボトルを持っていたスタッフが、音に気づいて慌ててれみに駆け寄る。
「お怪我はございませんか?」
スタッフはガラスの破片を集めて片付けるが、全く樹を視界に入れない。
れみは言葉も出せずに、呆然として樹を見続ける。
樹は両端の口角を上げて、薄い笑みを浮かべている。
「どういう……こと?」
「どうかなさいましたか?」
グラスの破片を集めていたスタッフが、れみに声をかける。
「え、あの……」
れみはスタッフの方を見て、また樹に視線を向けると、スタッフがれみの視線を追う。
だがスタッフの目に映るれみは、何もない空間を見ている。
スタッフは不思議な表情をしたが、れみに何も言わず言葉を飲み込むことにした。
スタッフは無言でガラスの破片を片付けて、れみに一礼をして下がった。
れみは、ゆっくりとスタッフの方を見る。
スタッフは樹に一瞥もしないで、樹の横を通り過ぎていった。
れみはアシスタントスタッフが、樹の顔にそっくりなだけと思ったが、スタッフは樹を全く認識していない。
——じゃあ、この男の子は……
視線をゆっくり樹に戻したれみは、また目を見開いた。
——さっきは黒のタキシード姿だったはず……。
タキシード姿に見えていたはずが、黒いフードマントを着た樹の顔をした男が目の前にいる。
混乱するれみに、樹が冷たい瞳を向けて冷笑する。
「何をそんなに驚いているの?俺はあなたが逗子と二人で殺そうとした紗羅の弟、梶原樹だよ」
「え?嘘?だって、樹くんは……」
昨日、逗子と二人で紗羅を見舞いに行った。
紗羅と並んで、病院のベッドの上で人工呼吸器をつけていた。
「元気になった……?まさか、そんなはずはない……」
れみはリクライニングチェアから立ち上がり、後退りする。
そんなれみを追い詰めるように、樹が一歩足を前に出す。
「ええ。俺はまだ病院で、紗羅と共に意識なく寝ていますよ」
「あ……あ……」
れみは声にならない声を出す。
「身体は病院にいるけど、俺は紗羅の親友、俺にも優しい綺麗なお姉さんを演じていたれみさんに、会いたかった」
樹はまた一歩近づく。
「どうして会いたかったと思いますか?」
恐怖で顔を蒼白にしているれみは、返事ができない。
そんなれみを見ても、樹は冷たい笑みを浮かべたまま言う。
「あなたは逗子さんと二人で、紗羅を殺して保険金を手に入れようとした。
紗羅を裏切ったあなたの魂を、刈り取るためですよ」
「え?何?魂を……刈り取る?」
自分が犯した罪よりも、魂という言葉にだけ反応するれみ。
樹は冷たい目で見つめる。
「そうです。嫉妬の罪に値するあなたの魂を、刈り取らせてもらいます」
樹が手のひらを上に向けると、手のひらから蒼い炎が浮かび上がり、炎は瞬く間に大鎌を形成した。
「ひっ!」
驚愕したれみは戦慄する恐怖から、身体をガタガタと震わせて後退りをしていく。
——な、なんなの?樹くんが……これは夢?
今いるこの場所は、森とシャンパングラスを傾けて、非日常的な時間だった。
夢のようなひとときの中に、予想もしない死神——樹が現れたのだ。
現実ではなく、夢の中にいるのかもしれないと思ったれみは
「これは夢よ。きっと、夢……」
自分に言い聞かせるように呟きながら、れみは樹を見たのだが——
「夢……だったら良かったですよね」
と樹はクスッと笑った。
「紗羅も俺も、れみさんのことを信じたままでいられた。
紗羅は恋人や友達に裏切られることもなく、命を奪われる危険にも遭わなかった。
俺も生きたまま、死神になることもなかった」
樹はれみを鋭い眼で睨みつけた。
「れみさん。あなたが紗羅に理不尽な嫉妬をしなければ、こうはならなかった」
れみは目を見開き、首を横に振る。
「私は……何も、何もしていない」
「何もしていない?何もしていないのは、紗羅だ。
あなたは紗羅を妬んだが、紗羅はあなたのことを自分より頑張っていると、最高の親友だといつも言っていた。
それをあなたは……」
樹が悔しそうにれみを見ると、れみは一瞬、悔やむ表情を見せた。
「わ、私は……」
何か言いかけようとするれみを、樹は止める。
「俺はあなたを許せないが、嫉妬の罪に値するあなたの魂は、紗羅の命を救う」
「え?……」
「紗羅に少しでも申し訳ないと思う気持ちがあるなら、俺にその魂を差し出せ」
「な、何?」
れみはわけがわからないという顔をしたが、本能で自分の命が危ういと察したのだろう。
ワゴンにいるスタッフ、そして森がいるだろう室内へと視線を泳がせたれみは、助けを呼ぼうとして
「た……」
と言いかけたが、樹の声が被さる。
「無駄ですよ!」
「え?」
れみは恐る恐る樹の方を見ると、樹は嘲笑を浮かべていた。
「さっきも言いましたが、俺は生きたまま死神になった。あなたが助けを呼んでも、あなた以外の人は俺が見えない」
れみは信じられないという顔をして、樹を凝視する。
「俺が死神になったのは、紗羅を助けるためだ。
あなたが逗子と紗羅の命を奪おうとしなければ、こうはならなかった」
握りしめた大鎌を、構えるように持った樹は
「そして今のあなたは、自分の行いから俺に魂を奪われる。自業自得だ!」
れみの首に向けて、樹は大鎌を振り落としていった。