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43
#異世界転生
上野文
8,960
アメリア連合プレジデント、リチャード・エクソンは、
補佐官キッチンジャーから対モンゴリア帝国の封じ込め政策について
説明を受けていた。
「この異質な文化を持つ国家は、エイシアからエウロピア、
そしてアウリカに至るまで、大陸すべてを支配下に置こうとしております」
キッチンジャーは、地図を指でなぞりながら続けた。
「我々は、モンゴリア帝国との直接の対決を避けるべきです」
「あくまで海から取り囲むべきです」
「そうか」
エクソンはうなずいた。
「この大陸の王を、海上から封じ込めるのです」
エクソンはしばらく地図を見つめた。
やがて顔を上げる。
「情報局長官の意見は?」
問いを向けられたダレスは、椅子に深く腰を沈めたまま答えた。
「私のところに入ってきた情報から考えますと――」
そこで一度、言葉を切る。
「もし、今、仮に大カーン、オゴタイが死ねば……」
エクソンの目が動いた。
「この巨大な帝国は、内紛に見舞われるでしょう」
「暗殺するのか」
「いえ、ただ、そう遠くない話です」
ダレスは地図の上に視線を落とした。
「そうであるならば、我々は封じ込めるだけでは足りません」
「では?」
「巻き返しを図るべきです」
エクソンが聞き返す。
「具体的には?」
ダレスはゆっくりと顔を上げた。
「グラツィアの提案に乗りましょう」
「キプチャン草原に軍を送り込むのです」
「草原を焼き、奴等の機動力の源を奪い」
「これ以上の征西を断念させるのです」
エクソンが眉をひそめた。
「我々の軍を?」
「いいえ」
ダレスの口元に、薄い笑みが浮かんだ。
「我々の軍ではありません」
そして――
いやらしい笑みを浮かべた。
「草原の王に砂漠の王をぶつけます」
「アメリアだと?」
アーディルは聞き返した。
「アメリアが、なんと?」
かつてエウロピアの総力を挙げた聖地奪回軍を、兄サラディンとともに退けた男。
兄の死後は、その遺児たちとの内戦を制し、
アイユーグ朝第四代スルタンとなっていた。
そのアーディルの前で、宰相アシュラムが一礼する。
「アメリアの使者より、親書を受け取りました」
「内容は?」
「我が国との軍事同盟を望んでおります」
アーディルの眉がわずかに動いた。
「条件は?」
「キプチャン草原への侵攻です」
「……なるほど」
アーディルは、しばらく黙っていた。
「我々アラビアーナ世界が、
こうもやすやすとモンゴリア軍の侵攻を許したのは――」
アーディルは地図へ目を落とした。
「皆が、ばらばらに戦っていたからだ」
「我が国とて……」
その言葉に、アーディルは苦笑した。
兄の死後、九年にわたって続いた内戦。
それをようやく終わらせたばかりなのだ。
アーディルは、遠い過去を振り返る。
(兄ならば……相手が何者であろうと、立ち向かっただろうな)
やがて顔を上げる。
その視線の先に、バイバルスが控えていた。
「バイバルス」
「はっ」
「直ちに準備を始めよ」
「承知いたしました」
バイバルスが下がっていく。
その背を見送りながら、アーディルは小さく息を吐いた。
「アシュラム」
「はい」
「本当は――」
アーディルは、手元の親書へ目を落とした。
「モンゴリアよりも、アメリアにこそ警戒せねばならぬのかもしれんな」
アシュラムは答えなかった。
ただ、静かに頷いた。
「お聞きになりましたか」
「なにがじゃ」
「ノブタダ公が、モンゴリアの使者を斬った件でございます」
「そのことか」
イエヤスは、侍女に腰を揉ませながら、マサズミの話を聞いていた。
「もうよい。下がれ」
「はっ」
侍女が下がると、イエヤスはマサズミを手招きした。
「近う寄れ」
「はっ」
マサズミが身を寄せる。
「たぶん、じきに我らへ、九州への出陣を命じてくるだろうの」
「でしょうな」
「だが――」
イエヤスは、にやりと笑った。
「儂は兵を出さぬ」
「……」
「この草深い田舎の江戸で、忙しゅうてかなわんからの」
二人は顔を見合わせ、声を殺して笑った。
ジャポーネの大乱を制したノブタダは関白となり、
安土から京伏見へ居を移していた。
イエヤスは関八州を任されている。
長きにわたった戦国の世は、ようやく終わりを告げようとしていた。
そのとき――。
「お呼びにより、まかり越しました」
一人の商人が入ってきた。
チャヤ・シロージロ。
イエヤスは顔を上げた。
「前置きはよい。単刀直入に聞く」
そして、低い声で尋ねる。
「この戦、勝てるか?」
シロージロは、しばし考えた。
「陸ならば、負けます」
即答だった。
「海ならば――」
そこで言葉を切る。
「わかりませぬ」
武士上がり。
朱印船貿易によって巨万の富を築いた男は、こともなげにそう言い放った。
サイラスは、カルデル城から敵軍が撤退したことを確認すると、
ドーンを呼んだ。
「警戒を怠らないように」
そう言い残し、青野ヶ原の野営陣へ戻ろうとした、その矢先だった。
「申し上げます!」
急使が駆け込んできた。
「昨日、北の砦が敵軍の急襲を受けました!」
サイラスが振り返る。
「敵軍総司令バトウ自ら、三千の騎兵を率いて攻め込み、
内部に手引きした者もおり――」
急使は息を整えた。
「北の砦、落城いたしました」
「……バトウが?」
「はっ」
サイラスはすぐに聞いた。
「スブタイはどこにいる」
「確認できておりません」
その答えに、ドーンの顔が強張った。
「これだけの軍を動かして……」
絞り出すような声だった。
「おとりとは……」
カルデル城を包囲していた大軍。
巨大な回回砲。
連日の攻撃。
そのすべてが、自分たちの目をここへ釘付けにするためだったというのか。
「我らはいったい……」
サイラスは黙って聞いていた。
やがてユイナへ顔を向ける。
「先にガイロのところへ戻って」
「はい」
「守りを固めるように伝えて」
「わかりました」
ユイナが駆け出していく。
サイラスは目を閉じた。
北の砦は落ちた。
カルデル城から敵は退いた。
ならば、次に敵が向かう場所は――。
(どうしても青野ヶ原で決戦か)
ゆっくりと目を開く。
そしてサイラスは、因縁の地――青野ヶ原の方角を見つめた。
コメント
1件
うわ、第44話、世界が一気に動き出しましたね。情報局長官ダレスの「草原の王に砂漠の王をぶつける」発想、いやらしい笑みまで想像できてゾクゾクしました。アーディルがモンゴリアよりアメリアを警戒してるのも深い…。イエヤスの「兵を出さぬ」宣言とシロージロの「陸なら負ける」も印象的。北の砦落城でサイラスが追い詰められていく感じ、次の展開が気になりすぎます!