テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
魔物との戦闘が皆無だったおかげで、三週間かけた道程を彼女達は一週間もかからずに戻る事が出来た。
カイルの神殿に帰る前。
最北の都市・バルドニスに住まう神子の神殿にも立ち寄り、森でやらかしてしまった事を報告に行ったりもしたのだが、留守のため会う事が出来ず、この一帯を治める王族にのみ事の次第を伝える。森の再建の話は落ち着いたらまた改めてしようという事になり、彼等はその後直ぐに帰路へ着いた。
「おかえりなさいませ、ロシェル様」
彼らが神殿に到着すると、直様エレーナが神殿の住居部分にある玄関まで迎えに来てくれた。
この神殿へ神官として戻って来たばかりの頃のエレーナはまだ幼子だったのだが、今はもう二十代の立派な成人女性になっている。内面から出る年長者独特の貫禄は相変わらずで、若い女性であると感じさせないのが少し残念だ。
「ただいま!エレーナ」
嬉しさ余ってエレーナにロシェルが抱きつく。抱擁に応え、孫でもあやすように彼女の背をポンポンとエレーナが軽く叩いた。
「お風呂の用意が出来ておりますわ。早速お二人共お入り下さい。ご一緒に入られるのでしたら大浴場も使えますが、如何なさいますか?」
二人の関係が相変わらず主従関係のままでしかないと、夫であるセナから事前に聞いていたので、彼女は敢えてちょっと意地悪な事を言ってみた。『いい加減前に進まないかしら?焦ったいわ』という気持ちも込めて。
エレーナの発言でロシェルは顔を真っ赤にし、無言になる。レイナードの方はと言えば、激しく咳き込み苦しそうだ。
「か、各人で入るわ。——ね?シド」
上擦った声でロシェルが何とか答える。シドが初めてお風呂に入った時に自分がしでかした失敗をふと思い出し、穴を掘って埋まってしまいたい気分にもなった。
「あら、レイナード様は“使い魔”なのですから、洗って差し上げる位のお世話はするべきなのでは?前にご自分でもそう仰っていましたのに」
頰に手を当て、エレーナがわざとらしく首を傾げる。
「シドはよく出来た使い魔だから大丈夫なの!」
「そうなのですか?わかりましたわ、ではその様に」
あまりからかい過ぎても可哀想だと、エレーナが一歩引き、頭を下げた。引き時を誤ると信頼を失う。そうなっては意味がない。
「シド様もそれでよろしいのですか?一緒に入りたいのであれば、私が説得いたしましょうか」
母の様な笑みでとんでもない事を小声で問われ、レイナードの顔と首が茹で蛸の様に真っ赤になった。
無駄に大きな声で答えるレイナードの肩の上で、『儂はレイナードと入るぞ』とアルが宣言した。
「黒竜様。挨拶が遅れてしまいすみませんでした。神官のエレーナと申します。何か要望が御座いましたら遠慮無く私共に仰って下さいまし。私共神官は、常に神子様と竜族にお仕えいたします」
神官服のスカート部分を掴み上げ、脚を折って深々と頭を下げた。
『じゃあ儂は、早速カイルに逢いたいぞ!』
声高に叫んだが、それに対してはエレーナがすまなさそうな顔をした。
「申し訳ございません。カイル様は今別の神官と今後の事で話し合いをしておりまして……直ぐに、とはいかないのです」
『むー』と声をもらしたが、アルは素直に頷いた。
『わかった。では、風呂に入った後ならば逢えるかのう?』
「お風呂の後に、皆様でお食事をなさって下さい。その後でしたらお逢い出来るかと思いますわ」
『わかった、従おう』
「ありがとうございます、黒竜様」
エレーナに向かい首肯し、アルがレイナードに対して『風呂は広い方が良い!大浴場の方を儂らは使おうぞ』と勝手に決める。レイナードが答えかねていると、エレーナが頷き、了承した。
「了解致しました。そのように用意致しましょう。ではお部屋まで一度お戻り下さい。お荷物などを先に片付けませんと」
「そうだな、わかった」
レイナードの言葉に頷きを返すと、エレーナが廊下に向かい歩き始めた。そんな彼女にレイナードが「そう言えば」と声をかける。
「持って行った野営用のテントが、広げてみたら二人用になっていたんだが、一人用のテントが二つ神殿に残っていなかったか?」
レイナードの問いでエレーナは一瞬肩を震わせそうになったが、彼女は堪えた。『実は、私の夫が入れ替えました』などと絶対にバラす訳にはいかない。
「……イレイラ様が色々と沢山用意されていましたから、もしかしたらその中に混じっていたかもしれませんが……不用となった物はもう全て使用人達と共に倉庫へ片付けてしまったので、確認出来ませんわ」
彼の方へと振り返り、エレーナが穏やかに微笑む。その返答に対しレイナードは少し不満に思ったが、問い詰めても無駄だと察し「そうか、わかった」と頷いた。
シュウは相変わらず寝たままだったのでロシェルがそのまま部屋に連れ帰り、レイナードはアルと共に客室へと戻った。
部屋のお風呂も用意してあったが、アルの要望に従うためにタオルや着替え一式を手に持ち、彼らは早速大浴場へと向かう事にした。水浴びは森の中でもしてきたが、お風呂は久しぶりだったのでレイナードもちょっと嬉しそうだった。
彼等が風呂に入って旅の汚れを落としている間、カイルは執務室でセナと共に思い悩んでいた。
「何でこうなったんだろう?……そういえば『黒竜となんか契約しちゃダメ』って僕言っていなかったよね。あーもう、結局全部、ぜーんぶ僕が蒔いたタネかぁ」
すっかり片付いた机に突っ伏し、カイルが頭を抱えている。
「えぇ、話してはいなかったですね。でもまさか、黒竜様がレイナード様を気に入るとは思ってもいませんでしたし、仕方のない事かと」
「あの子は強い奴が好きだからね。でも、契約までするとはなぁ」
うんうんとカイルが頷き、そして深いため息をこぼす。
「それにしても、問題が山積みだね。さて……どうしようか。やっぱりまずは謝罪?」
「いえ、それは止めましょう」
セナがキッパリ言い切った。
「まずは現状をレイナード様にお話し、今後、彼がどうしたいのかを決めませんと。謝罪は軽くにしてあげて下さい」
カイルとイレイラに散々謝罪をされ、辟易していた彼を思い浮かべてセナが釘を刺す。
「そうだね、夕食後にでも応接間で話し合おう。一対一がいいかな、ロシェルも居るべき?」
「まずは一対一がよろしいかと。ロシェル様もいらっしゃいますと、気に病まれます。いっそ、イレイラ様からお伝えしてもらってはいかがでしょうか?母娘の方が言いやすいかもしれません」
セナの提案に「わかった、じゃあその様に準備して」とカイルは返した。
「……アルと、サキュロスの事は、今後の事が決まってから会うとしよう」
本心としては面倒だから放置したい所だが、同じ神殿に居る以上どうにも出来ない。でも、少しでも先送りしたい気持ちで、うんざり顔をしたままカイルはセナにそう指示する。
「かしこまりました、カイル様」
セナはカイルに対し、胸に手を当てて頭を下げた。
ロシェルとレイナードは久しぶりにまともな夕食を済ませた。
サラダや果物、きちんと味付けされた数々の料理はとても美味しく、心にも良い栄養となった。人間的な食事をしっかり食べる事で彼等はやっと、帰宅したのだと実感する事が出来た。
食後の紅茶を飲みながらアルやシュウと共に彼等が談笑していると、セナがレイナードを呼びにやって来た。カイルが話をしたい旨を彼に伝えると、ロシェルも『一緒に行きたい』と言い出した。だが、二人きりで会いたいというのが父の意向だと伝えると、彼女は素直に従った。
「では行ってくる」
席から立ち上がり、レイナードがロシェルの頭を軽く撫でる。アルが当然にように同行しようとしたのでセナが慌てて止めた。
「申し訳ありません、黒竜様。カイル様は後日ゆっくりお会いしたいとの事ですので、今夜は用意したお部屋で先にお休み下さい」
『そうか、ゆっくり逢いたいのか。沢山儂に話したい事があるのだな?——愛い奴め‼︎』
アルが良い方に解釈し、空中でクルンッと回る。嬉しさを隠しきれないといった感じだ。どこまでもプラス思考の、良い竜だ。
『だが用意した部屋なんぞで寝るのは御免じゃ。儂はシドの部屋で眠るぞ』
鼻息荒く宣言するアルの姿に、シドがクスッと微笑みながら「わかった、じゃあ部屋に居るといい。だが絶対先に休んでいるんだぞ?アルも旅で疲れただろうしな」と言う。
ほぼレイナードの肩に乗っていただけなのでアルは全く疲れていなかったのだが、主人の気遣いに感動し、彼は破顔した。
『わかったぞ!任せておけ、しっかりと休んでおくからのう』
「あぁ、そうしてくれ」
レイナードが優しく微笑むと、それを見上げていたロシェルも笑顔になった。
「じゃあ……おやすみなさい、シド」
「あぁ、おやすみロシェル」
キスの一つでもしたらいいのにと思いながらセナは二人を見ていたが、彼等は微笑み合うだけで挨拶を済ませてしまう。その様子に『帰りの道中でもお二人は全然進展しなかったのか!』と思ったセナは心の中で悪態をつきたくなったが、すぐに気持ちを持ち直した。
「では、行きましょうレイナード様」
「あぁ」と短く返事をし、セナの後をついて行く。
二人はカイルの執務室へと向かい、ロシェルはシュウと共に部屋へと戻る。アルはロシェルに途中まで付いて行きつつ途中で別れ、レイナードが使う客間へ飛んで行った。