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#和風ファンタジー
#異能
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#異世界転生
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フォローありがとうございます😭 初めまして、春の玄米茶と申します🫶🫶 主様の物語の構成や進め方などとてもつもなくスムーズで読んでいて楽しかったです😭 これからも応援しております🫶
モリガンが八岐大蛇を攻撃するわずか数分前。
百万鬼夜行と共に落ちる無数の人影。その中で特に目立ったのは幼女の見た目の鬼だった。
二本の角を持ち、桃色の長髪にまるで酒を飲んだか熱を出したかのようにその頬と肌は真っ赤だった。肩を出して着崩したような花魁のような派手な紅い打掛。子供のような見た目とは裏腹に背丈に近い瓢箪を背負っている事から大酒飲みをイメージさせた。
「母様がドンパチやっているねぇ……じゃあ、わたし達も人間達を肴に大宴会だぁ……ん? ここの人間、霊力、妖力、呪力が全く感じられないなぁ……本当にぃ? ちらほらいる高い奴は固くて不味そうだし、旅支度のツマミとしては不安なんだけどぉ……美味しい人間いるかなぁ?」
モリガンの砲弾によって落下と共に吹き飛ぶ八岐大蛇を気にせずに鬼の幼女は背負った大きな瓢箪の酒をぐびぐびと飲んでいく。
「酒呑、この地球世界では霊力はおろか、妖力、呪力すら無いに等しい。我ら妖魔はこの世界の土地では実力があまり発揮できない。食べるのは程々にして、早急に異界帰りを発動させた方がいい」
紅い着物を着た酒飲みの鬼、酒呑と呼ぶ者は同じく二本の角を持っていた。長い天然パーマのような緑髪には茨の冠、緑の衣服に茨と蔦を纏ったようなまるでギリースーツのような衣装であった。こちらも見た目は中学生ぐらいの少女のようであった。
「分かっているよ茨木。でも、こんな世界でも楽しみたいじゃない……不味い奴でも骨のある人間なら土産話にも帰りの酒の肴になるだろぉ?」
酒吞は酒を飲みながら茨の鬼、茨木と呼ぶ者に言う。
「母様に怒られても知りませんよ」
鬼達が落ちていく高さは恵比寿ガーデンプレイスタワーを超える167メートル以上の高さがあった。
この高度から落ちた人間は通常の人間では助からないはずであった。だが、鬼達は真っ逆さまに落ちる事なく、コンクリートを陥没させるほどの衝撃で恵比寿ガーデンプレイスの敷地内に着地していた。
鬼達のその筋肉質な両足は骨を折る事なく立ち、バランスを崩すものはおろか、落下衝撃の痛みすら感じていないようであった。
『な、なに!? きゃっ!? 人が空から落ちてきたわ!?』
通りかかったOLが悲鳴を上げる。
『角生やした鬼みたいなのがいたり、着ぐるみみたいなのがいたり……こいつらコスプレ集団か?』
足を止めて、思わずその姿を凝視する眼鏡のサラリーマン。
サラリーマンの言う通り、様々な鬼が居た。角の生えた人型の酒呑や茨木、一本角の巫女服を着た少女の鬼、一番年長そうな黒い袈裟を着た男性の鬼。二足歩行の熊に二本の角が生えた鬼。二足歩行の虎に二本の角が生えたような獣のような鬼までいるのだ。
「それじゃあ、みんなまずは飲み放題といこうかぁ♪ 人変奇特酒♪ 人間どもはこれで気持ち良くとろけると良いよぉ♪」
酒呑が持っていた背丈ほどの瓢箪をコンクリの床に注いでいく。どぶろくのような濃厚な白い泥のような酒は瓢箪からはまるで無限に湧き出るように注がれ続け、周囲を沼化していく。
『な、なにこれ!? 甘酒のような甘ったるい匂いが……匂いを嗅いでいるだけで……気持ち良くなって……快感が広がって……あああああああああああああああああああっ!?』
OLの一人が酒沼の蒸気のような気体に触れると、全身が真っ赤になり、ローションのような汗が流れ、歓喜の悲鳴を上げる。
酒の白い泥はタイル床を溶かしていくように強烈な酒気を広げていく。その泥は周囲のサラリーマンやOLなどの人間を沈め、触れた足から溶かしていくようだった。
溶けていく人間達は頬を赤らめ、酔ったように快感を高め、歓喜の声を上げて、水飴のように溶けていく。
「あっははは♪ 良い感じに気持ち良く溶けてるねぇ♪ 今日は珍しい人間酒が飲めそうだよぉ♪ 味は期待しないけどぉ」
酒呑は周囲の人間を溶かし尽くすと、瓢箪を酒の沼に浸けていた。すると、まるで電動ポンプのように白い泥のような酒を勢いよく吸引していた。
しばらくして小さな泉ぐらいあった白い泥は瓢箪に全て納まり、酒呑が溶けた事を確認するかのようにちゃぷちゃぷと横に振っていた。
「うん♪ よーく骨まで溶けてるねぇ♪ 味は……まあまあか」
酒呑はゴクゴクとその大きな瓢箪を口に付け、人間を溶かして造ったと思われる酒を躊躇いなく飲んでいた。
「きゃああっ!?」
幼い女の子を連れた主婦と思しき女性が悲鳴を上げ、踵を返して逃げ出していた。
「美味しそうな女の子、みっけ♪」
酒呑は神速で先回りし、ハグするように母娘を抱き締めていた。
「どこまで見ていたか分からないけどぉ。君達には美味しいトロトロのお酒になってもらうよぉ♪」
「誰にも言いません! だから娘だけは!」
酒呑が目線で指示すると、茨木は溜息をついてから神隠で酒樽を取り出していた。その酒樽を酒呑の前に置いた。中には人変奇特酒のような白い泥のような酒が入っている。
「濃度が低い人変奇特酒で母娘の君達は生きたままゆっくり溶かしてぇ♪ 母娘酒として飲んであげるよぉ♪ 君達、母娘は運が良いねぇ♪ 酒の快楽を味わいながら命尽きるまで楽しめるんだからさぁ♪」
酒呑は母娘二人を物凄い腕力で持ち上げ、酒樽に漬けようとする。母親の靴が白い泥のような酒に触れると、ジュウウという音を立てて、蒸気を上げる。
「……あああっ!?」
蒸気を吸うと、母親は頭をクラクラとさせる。
「ママ、このお姉ちゃん、怖い!? ママ? ママ? ママ!」
意識を失いつつある母親は娘の声に答えられずに頭をクラクラとさせる。
「母娘と一緒に美味しいお酒になっちゃえ♪」
黒い鳥の翼を持った人型が神速で酒呑の横を通り抜け、酒樽を壊し、母娘を抱えていた。
「……逃げろ!」
「あ、ありがとうございます!」
母娘は黒翼人に会釈すると、駆け足で逃げていく。
「鴉天狗か! なぜ我々の邪魔をする!……只の人間だと!?」
茨木が駆け寄ろうとすると、その姿に唖然とする。
「相変わらず……人を酒にするなんて、えぐい事しやがるな酒呑」
黒い鴉の羽を散らせ、現れたのは山伏姿の少年だった。髪型はウルフカットにし、手には槍の先端が独鈷杵になっている特殊な槍。それは蛭夜の姿だった。
「鴉天狗みたいな妖力だと思ったら……人間? なんか硬くてまずそうなのが来たねぇ……妖力と呪力だけしか無い……できれば女で霊力が強いのが一番良いお酒が造れるんだけどなぁ。熊童子適当にのして、酒粕漬けにして、柔らかくしてみんなで酒の肴にして食べよっか♪」
鬼の角が生えた熊のような生物の見た目の妖魔が拳を掌に何度もパンパンと当てながら蛭夜に近付いてくる。その体長は世界最大のクマ、三メートルのホッキョクグマほどありそうであった。
『ニンゲン……タベル……酒の肴にスル』
「本当に……舐められたもんだな! 神爪牙・天沼矛 よ! 三鈷剣に変化せよ!」
蛭夜の持つ独鈷の槍の先端が三鈷剣となる。
「よせ! そいつの妖力と呪力が跳ね上がった!」
茨木が焦ったように静止の声を上げるが、熊童子は止まらずに鋭利な爪の手刀が蛭夜の首に迫る。
「神爪牙・天沼矛よ! 雷となれ! 稲妻突き!」
蛭夜の神爪牙・天沼矛が雷を帯びた刹那。熊童子の手刀が蛭夜の残像をすり抜け、神爪牙・天沼矛の三鈷剣が熊童子を突き飛ばし、その毛むくじゃらの身体が鮮血を飛び散らせ、電撃を帯びて吹き飛んでいた。
熊童子はビヤステーションと書かれたレンガ造りの建物に吹き飛ばされ、めり込んでいた。ビリビリと雷を帯びた熊童子は腕と足を動かそうとするが、痺れて動けないでいる。
「思ったより浅かったな……どんな肉体してんだ」
蛭夜が手応えのなさに唖然とする。
「熊童子が一撃でのされた!?」
茨木は驚きの声で熊童子と蛭夜を見比べる。
「ふーん。君、ここの人間じゃないよねぇ? わざわざ異界の高天原から来たのぉ? まさかねぇ……あと、金丹で身体を強化しているよねぇ? 身体が硬くなって人肉の味が落ちるからやめて欲しいんだけどなぁ」
「察しの通り、百万鬼夜行の襲撃の為に備えて、金丹をたらふく飲んで身体強化と妖力、呪力なんかも強化してきた。元こっちの人間だ」
蛭夜は神爪牙・天沼矛を構えるが、酒呑が酔拳のような動きで周囲を回り、攻撃のタイミングが掴めずにいる。
「君、未来が見える天眼でも使えるのかなぁ? 君に霊力が無いから仲間の誰かが使えるのかなぁ? それにしては準備不足だし、わたしには全く通用しないなぁ。それじゃあ只の酒の肴だよぉ♪ ふふ、五秒で下ごしらえしてあげるよぉ♪ 硬そうな衣服の皮をムキムキしてねぇ♪ ああ、これはわたしの獲物だからさぁ、みんないざという時まで、手を出さないでねぇ♪ 硬そうな男はゆっくり料理して柔らかくしたいからねぇ♪」
酒呑が泥のような白い酒を霧のように吹き出していた。
「なっ!?」
酒呑の暴風のような息吹きと共に舞う酒の霧に蛭夜は避けられずに両腕で顔をガードする。それでも酸性のように酒の霧はジュウウという音を立てて、山伏のような衣装を焦がしていた。
「名づけて毒霧酒♪ 人変奇特酒は少量でもどんなものでも溶かし、酔わせるよぉ♪ でも、その特殊な装備は厄介だねぇ。妖魔の鴉天狗から奪った法衣っぽいよねぇ。でもぉ、さすがに酔いまでは防げないでしょぉ?」
神爪牙・天沼矛を構える蛭夜だったが、頬や皮膚が赤くなり、頭をクラクラとさせ、両足はおぼつかなかった。
「思考が……まさか空気中に含まれている酒の霧を吸っちまったのか!? それに皮膚に染み込んだ酒が熱く……」
「人変奇特酒は皮膚にも浸透しやすいし、痛みを快楽に変えるほどの酒さぁ♪ 美味しく料理してあげるからさぁ。そのままじっとしていてよぉ」
酒呑が分身のように増え、数体の酒呑に抱き締められ、ぺろりと頬を舐められ、その部分がジュウウと音を立てて、ふやけたように白くなっていく。
「幻術……それとも毒か……」
【毒霧酒の蜃気楼だよぉ♪ あっはははっ♪ わたしに舐められてとろけちゃいなよ♪】
酒呑の蜃気楼が同時に喋る。
「なんてな……稲妻突き!」
神速で酒呑の幻影をすり抜けるように駆け抜けた。雷を帯びた神爪牙・天沼矛の先端の三鈷剣が本物の酒呑の肩を掠めて、わずかな鮮血が飛んだ。
「わぉ!? まさか酔ったフリ!? 本当に毒霧酒が効いていたと思ったのにさぁ!」
蛭夜はさらに神爪牙・天沼矛で連続した突きを放つが、酒呑は酔拳のように妙な動きで避けていく。
「毒霧酒が全く効いてないって訳ではなさそうだねぇ♪ さっきの熊童子をのした時のような槍のキレがないよぉ」
「帰命したてまつる! あまねき諸仏!」
蛭夜は酒呑から距離をとり、呪術の真言を唱えながら左手で人差し指と中指を立て、精神を集中し、宙に縦四本、横五本の線を格子状に切る。
すると、蛭夜の顔、首、手の甲などの剥き出しの皮膚からは紅く輝く梵字が浮かび上がり、衝撃波を生み、酒呑を含む鬼達を怯ませる。
「まさか身体強化の呪術まで使えるのかぁ!? でも、この人変奇特酒に耐えられるかなぁ?」
酒呑は瓢箪の酒を地面に注ぎ、白い泥のような酒粕の沼を広げていく。だが、蛭夜の足は止まらずに迫る人変奇特酒の沼に向かっていき、真言を唱える。
「帰命したてまつる! あまねき諸仏に! 陰! 陽! 木! 火! 土! 風! 水! 煉精化気!」
真言を唱え、左手で人差し指と中指を立て、精神を集中し、宙に縦四本、横五本の線を格子状に切る。すると、赤く輝いていた身体に浮かんだ梵字が金色に輝き、紅と金に交互に輝きを繰り返し、新たな衝撃波を生んだ。
「煉精化気をさらに重ねがけし、霊力、妖力、呪力の強化とその耐性をつけたって訳だねぇ。だけどそんなものでどんなものでも溶かし、酔わせる酒の沼に耐えられるのかなぁ?」
沼地のようになった酒粕の沼を蛭夜は躊躇なく踏み抜いていく。酒粕の沼は高下駄の足の甲まで届き、ジュウウという音を立てて白くなっていくが、止まらずにぬかるみに屈しない馬以上の脚力、霧が発生する酒の強烈な臭気にもむせず酔わず、神速で酒呑に迫る。
「それがどうした! 神速流星突き!」
「あり得ないよぉ!? 身体強化と耐性強化だけでわたしの人変奇特酒を突破するなんてぇ!?」
酒呑は人変奇特酒を止める事ができずに注ぎ続け、酒の沼の水位を上げていくが、それでも蛭夜は止まらなかった。
蛭夜の雷を帯びた神爪牙・天沼矛は強烈な突きを放ち、衝撃波を生んで酒呑を上空に吹き飛ばした。蛭夜はそれを神速で追いかけ、稲妻のような突きで酒呑を地面に叩き付けた。
「ぐはぁっ!?」
酒呑は叩き付けられた衝撃でタイル床はクレーターのように窪んで、天沼矛の先端の三鈷剣は深く突き刺さらずに切り傷のレベルダメージであったが、衝撃のダメージは想像もつかないだろう。
「どうだ酒呑! これで……!?」
蛭夜が天沼矛を深く突き刺そうとすると、酒呑は立ち上がり、血の唾を吐いた。
「君、強いねぇ……他の雑魚鬼だったら今の一撃で確実に死んでたよぉ」
「雑魚鬼どころか熊童子ぐらいなら一撃で仕留められる一撃のはずなんだけどな」
「茨呪縛!」
茨木が三本の指を払うと、一瞬にして茨の棘の弦が蛭夜をぐるぐる巻きにして動きを止めていた。
「くそ!? 手を出さないんじゃなかったのかよ!?」
「悪いねぇ茨木♪ ちゃんと言ったじゃん、いざという時には手を出してねぇってさぁ♪ みんなが手を出さないと勝手に思った君が悪いよぉ」
「こんなもの!」
蛭夜は鮮血を吹き出しながらも物凄い力で棘の茨を両手足だけで引き千切ろうとする。その力はメキメキと茨はひび割れを起こし始める。
「小僧! 大人しく酒呑様の酒の肴になれ! オーン! 天の薬叉よ! 縛せよ! スヴァーハー! 影縫い!」
金という文字が書かれた黄色の袈裟を着た体格も顔もゴリラみたいな男性鬼が真言を唱えて釘を投げると、蛭夜の影に突き刺さった。釘が刺さった瞬間、蛭夜の身体がピタリと止まる。
「……くっ……身体が動かない……」
動けない蛭夜に酒呑がゆっくりと近づく。
「ありがとう金熊まさか鬼の呪力二人分でやっとで止められるなんてね……たかが人間がここまでやるなんて……まるで人間達が噂している神に選ばれし審神者みたいだぁ。まあ、いいや……こうだっけ君がやったのぉ?……吹き飛ばしてぇ! 叩き付けるみたいなのかなぁ!」
酒呑が衝撃波を生むような拳で蛭夜をボディブローで宙に吹き飛ばし、それを追いかけていた。そしてトドメとばかりにかかと落としで地面に叩き付けていた。
地面には残った白い泥のような酒粕の沼に蛭夜は叩き込まれ、白い飛沫を飛び散らせ、その全身は完全に白い沼に沈んでいた。
「審神者の酒粕漬けの出来上がりぃ♪ 固いお肉もしばらく漬けておけば柔らかくなるかなぁ♪」
どういう原理か酒呑が酒粕の沼を浮いたように歩き、蛭夜が落ちた酒粕の沼を覗く。その酒の湯気が立ち上がる蛭夜が落ちた箇所はブクブクと気泡が泡立ち始めていた。
「蛭夜!」
床に浮かぶ五芒星の光と共に現れる穂火穂火は酒粕の沼に足を沈めながらも蛭夜が沈んだ場所に駆け寄っていた。
「あっははは♪ 君も審神者かなぁ? 君は霊力が強くて、君は柔らかくて美味しいお酒になりそうだねぇ♪ お酌でもしてくれないかなぁ? どうせその男は生きていても酒の酸でブリの照り焼きみたいにテカテカに焼かれちゃって無残な姿になっているだろうからねぇ。あと、回復させても無駄だよぉ。そいつは酒の快楽の夢に沈んで、廃人になっているはずさぁ♪」
「こんな乳酸菌みたいなので蛭夜がやられる訳ないでしょ! 蛭夜、起きて!」
穂火が鳳凰爪を脱ぎ、素手で酒粕の手を突き込むと、ジュウウという音を立てて、穂火の手は湯気を上げ、真っ白になり、テカテカに輝き始めていた。
「ほらねぇ♪ 君の手がそうなっちゃうなら彼はもう助からないよぉ♪ プクプクしなくなったねぇ……あら、彼、死んじゃったかなぁ?」
再び穂火が手を突っ込もうとすると、白い酒粕の沼から気泡が出なくなっていた。
「よくも蛭夜を!」
穂火は鳳凰の爪を装着し、ぎりりと中の皮がきしむ音を立てさせる。
「まぁまぁ、君が望むなら彼を妖魔にして生き返らせても良いんだよぉ♪ どうせ硬くて下処理が難しい人間だし、君が望んでお酒になってくれるならだけどぉ……」
「オーン! 金剛火よ! スヴァーハー! 火遁!」
金熊が真言を唱え、左手で人差し指と中指を立て、精神を集中し、宙に縦四本、横五本の線を格子状に切る。すると、穂火の足元から全身にかけて炎の渦に包まれ、火だるまになっていた。
「な、何をするんだ金熊!? これじゃあ丸焼きじゃないかぁ!? せっかく彼女が望めば、美味しいお酒にできるはずだったのにぃ……」
「ふん! あの女、酒呑様に向ける目が気に食わなかった……酒呑様の腹に入れずに我が丸焼きにして喰ってくれるわ!」
「金熊、女の丸焼きなんて勿体ない食べ方するなよぉ……女はお酒が一番美味しくなるのにぃ!」
「丸焼きになるのはあんた達よ!」
穂火は燃え続けてもなお、歩き続け、酒呑に近付く。
「まさか妖魔の鳳凰で造った一級神装備だとでも言うんじゃないよねぇ? 鳳凰なんて百万鬼夜行で手懐けるのすら難しいのにぃ。そんなの審神者どころか人間のレベルを超えてるよぉ!?」
酒呑が燃える穂火を見て思わず冷や汗をかく。
「酒呑様、この女など恐れるに足りません! 鳳凰が弱いのは水! 氷漬けにしてしまえば良いのです! オーン! 金剛水よ! スヴァーハー!」
金熊が真言を唱え、左手で人差し指と中指を立て、精神を集中し、宙に縦四本、横五本の線を格子状に切る。すると、穂火の周囲にサッカーボール大の氷の礫が四方八方を叩き付けるが、無数の氷の礫は穂火の身体の一部に当たらずに溶け、その激しい炎は消えなかった。
「無駄よ! 覚悟なさい鬼ども! 帰命したてまつる! 全方位の一切如来よ! 一切時! 一切処に! トラット! 暴悪なる大忿怒尊よ! カン! 一切障碍を滅尽したまえ! フーン! トラット! ハーン! マーン! 火界呪
穂火が真言を唱え、左手で人差し指と中指を立て、精神を集中し、宙に縦四本、横五本の線を格子状に切る。すると、その両手の鳳凰爪が激しく燃え、墨のように紅く輝いていた。
「馬鹿な!? 何だこの妖力は!? 桁違いに上がり続けている!? それに何だその妖術は!? 我らの妖術ではない!? いや、そもそも人間が持てる妖力ではない……貴様は妖魔か! なぜ百万鬼夜行に組しない!」
「あんた達みたいに人間辞めてないわよ!」
「逃げろ! 金熊! 奴は鳳凰そのものだ!」
酒呑が逃げるように言った刹那。穂火は紅い残像を残し、一瞬で金熊に間合いを詰めた。
「|鳳仙火《ほうせんか!」
穂火の連続のラッシュパンチが紅く炎を帯び、墨のように紅く拳が金熊に当たる度に爆発を伴っていく。そして最後の正拳突きが大きな爆発を伴い、金熊をパチンコ玉のように大きく吹き飛ばしていた。
「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
金熊が獣のような悲鳴を上げ、燃えながら転がり、樹木に当たった。金熊はそのまま倒れたその樹木の下敷きになり、痙攣を続けた。
「金熊までが人間にやられるなんて!?」
茨木が唖然としたように言う。
「あーあもう! 四天王と呼ばれる鬼達がたかが人間にこうも簡単にぃ! 君は良いお酒になると思ったのにさぁ! 邪魔してくれちゃってぇ!」
酒呑が苛々したように髪を掻きむしる。
「全てがあんたの思い通りになると思ったら大間違いよ! 酒呑、この場であんたを倒す!」
「もういいやぁ! 少し味は変わるけど……この女を細切れにして酒にしよう! みんなやっちゃえ!」
「があああっ!」
突然、獣の姿をした一体の鬼が女のような奇声を上げた。その二足歩行の虎の姿をした鬼が神速で爪を振り払い、穂火に鮮血を舞わせた。
「くっ!? 速い!? 酒呑の配下の虎熊がいたのを忘れてた……」
穂火は両腕でクロスガードしていたが、鋭利な刀のように無防備な腹や膝を斬られ、鮮血が滴り落ちていた。
燃える穂火を攻撃した虎熊の両腕は燃えていたが、ものともせずに振り払い、炎を消していた。
「うおおおっ!」
「あっはははぁ♪ その火界呪も物理的なダメージは防げないでしょぉ? 少しの火傷覚悟の上で攻撃しなきゃだけど。わたし達、そんなものでビビる下級妖魔みたいな覚悟で戦ってないよぉ……ねぇ熊童子?」
「女、潰して肉にする!」
いつの間にか背後をとった熊童子の熊腕が穂火の首目掛けて神速で振り下ろされる。首に当たる直前に穂火は右手でガードしたが、両足はタイルに沼のように沈んでいく。
「くっ!? 足が!?」
熊童子の強烈な手刀の破壊力に沈んだ虎熊に受けた傷口が開き、両足から鮮血がドクドクと流れる。
「君の仲間の山伏小僧には悪いけど……星熊に熊童子の傷を癒してもらったよぉ♪ 彼女は元人間の呪術師兼巫女でもあるから、霊術で傷を治せるという訳さぁ♪」
「熊童子! 加勢する! 帰命したてまつる! あまねき諸仏に! 虚空に同等なる者よ! 色とりどりの衣を纏いし者よ! スヴァーハー!煉神還虚!」
彼女が星熊なのだろう。額に一本角に星マークが入った黒い狩衣を着た少女が呪術の真言を唱えながら左手で人差し指と中指を立て、精神を集中し、宙に縦四本、横五本の線を格子状に切る。
「強化、感謝! 女、簡単に挽肉にできる!」
すると、熊童子の全身の毛皮に紅く輝く梵字が浮かび上がり、穂火を押す力が強まり、その踏ん張る足の膝がタイルに沈んでいく。
「くうううっ!?」
「一時はどうなるかと思ったけど、足と腕に漬かった神変奇特酒で君、動きが鈍くなっているよねぇ? 駄目だよやせ我慢はさぁ♪ おかげでそのまま燻製肉みたいにペチャンコだねぇ♪」
「潰れろ女!」
穂火のガードする右腕を引き千切ろうとするかのように掴まれ、熊童子の右腕の圧が強くなる。穂火は左腕で反撃しようとするが、熊童子の左手がハンマーのように振り下ろされ、もう片方の腕もガードに回されてしまう。ガードしても熊童子の衝撃は強く、穂火の股関節が埋まり、両腕と膝に鮮血が舞う。
「こんな力だけの奴に!?」
熊童子は穂火に手を回し、がっちりとクラッチすると、ベアハッグのようにミシミシと音を立てて、締め付けてくる。怪力に潰され続け、穂火の全身に圧をかけられる。
「あああああああああああああああああああっ!?」
「このまま潰されるか? 叩きつけられて潰されるか? 選べ!」
ニヤニヤとする鬼達は経験から穂火が固まっていない土粘土のようにグシャリと潰れるのは時間の問題だと思っていたその刹那。
【オーン! 金剛風よ! スヴァーハー!】
地面から声が響いた。
そして小さなつむじ風が徐々に大きくなり、竜巻となって酒の沼と共に酒呑の鬼達を吹き飛ばしていた。
「あれぇ!? これってまさかぁ!?」
建物や樹木に叩き付けられる鬼達。酒呑だけが、足を滑らせながらも踏ん張りをきかせる。
「まったく……危うく鬼の酒で永遠に快楽の夢を見続けるところだった……」
竜巻の中心にいたのは蛭夜だった。山伏の衣装は溶け、上半身は半裸であったが、まるで金剛力士を思わせるような腰帯条帛天衣の衣装であった。
蛭夜の着ている金剛力士衣は瀕死時に上着の鴉天衣が大ダメージで破けた際に、主に身体能力と防御力を底上げする効力があった。この装備は天帝の試練を乗り越えた際に報酬として付与された物である。織姫に織らせた特注一級神装備である。
「蛭夜!? 鴉天狗衣の下に金剛力士衣を着て、瀕死時の効力を発揮させたのね。なら、生きているなら天耳他心で伝えなさいよ!」
機嫌を悪そうにする穂火に蛭夜は頭を掻く。
「いや……穂火、俺これでもギリギリだったんだぜ。こっそり真言を唱えてお前を助けるのが精一杯だ」
「君達なんなのぉ? 絶対に人間じゃないよねぇ! 妖魔のなれの果てみたいな力してさぁ! 妖魔なら妖魔らしくこっちの百万鬼夜行に組するべきだよねぇ! 化物みたいな力してぇ! その力でまだ人間ごっこしてるならどうかしてるんじゃない!」
酒呑が何度も足踏みをし、八つ当たりのように床のタイルを飛び散らせていく。
「はぁ 何であいつキレてるの?」
酒呑が怒る理由が分からずに穂火も負けじと睨みをきかせる。
「今の時代の地球世界だと、転生前で人間の身体のはずなんだけどな……玉藻とぬらりひょん師匠に強化されて、魂まで妖魔化してたりしてな」
「あり得るかもね……そのうち狐耳と狐尻尾が生えてくるんじゃないかと思うと、ぞっとするわね」
「ブツブツ言ってないでさぁ! 人間ごっこしたいなら相手になるよぉ! 人間らしく喰らってやるからさぁ! かかってきなよぉ! この人間モドキどもぉ!」
酒呑は激しい足踏みをし、タイルを滅茶苦茶に飛び散らせる。その激怒ぶりに周りの茨木含む鬼達すら近づけないでいる。
「先に攻撃してこいって……いけるか穂火?」
蛭夜は息が荒い、穂火に確認する。
「いけるけど……両腕とあばら骨にヒビがはいったみたいだから今の腕力じゃ自信ないわ」
「それでも多少は無理をしてもらう……連携技でいく。いいな穂火?」
蛭夜の言葉にむっとする穂火。
「それじゃあ、私に決定権ないじゃない!」
穂火と蛭夜は二手に別れ、酒呑の周囲をぐるりと回り、詰めていく。
「翻弄しているつもりぃ? そんなの無駄だよぉ」
駆ける穂火は酒呑に向かって飛び上がる。
「連携がなってないよぉ……がっかりだよぉ」
「いや! こっからが俺達の連携だ!」
蛭夜が神速で駆け、雷を帯びた神爪牙・天沼矛が酒呑を宙に吹き飛ばしていた。
「ぐっ!? 女の方が囮かぁ!? だけどねぇ! この程度じゃぜんぜん……」
【神速流星爪!】
吹き飛んだ酒呑を待っていたかのように穂火の炎を帯びた鉤爪の具足の踵落としが強烈な一撃となって地面に叩きつけ、爆炎を伴った。
「これでどう! 多少はダメージは……」
穂火が着地すると、巨大なクレーターとなった酒呑がいる場所を見る。
「駄目だ穂火……酒呑の妖力と呪力が桁違いに上がっている……完全にキレてる。これは逃げて俺達を玉藻に喰ってもらうしかないな」
炎と煙が舞う中、酒呑と思しき人影が歩いていくる。
「ふざけないで……これじゃあ前と同じで被害が抑えられてないじゃない!」
「ああ……君達の力はよーく分かったよぉ……中途半端な妖魔の力で、わたし以上の力が出せないって事がさぁ! 鬼首百鬼!」
炎と煙が晴れると、酒呑の両手足が蛇花火のように増殖したように伸び、それが無数に切り分けられた。両手足の一部はパンのように次々と膨らみ、人の背丈ほどの無数の鬼の首となっていた。
「穂火! 左右からくるぞ!」
蛭夜が叫ぶ。その無数の鬼首が新幹線のような速さで穂火を囲み、大口を開け、喰らい尽くそうとするその刹那。
蛭夜がタックルし、穂火を吹き飛ばす。
「なんで蛭夜!?」
身代わりになった蛭夜の両手足が鮮血を伴って、骨が砕けるような音と共に喰われていた。
ダルマになった蛭夜が穂火の前に転がった。その瞳は死んだ魚のようになっており、文字通り、蛭夜が絶命した事を意味した。
「蛭夜、しっかりして! まだ生きてるんでしょ! ああっ!?」
気づけば穂火の右腕と左足はバキバキと鬼の首にむさぼり喰われ、鮮血が飛び散った。
「無駄だよぉ! 妖力も呪力も無くなってもう只の死体だよぉ! 君達、ただで死ねると思わないことだよぉ! そんなに人間が好きならさぁ……わたしが君達二人を妖魔化して再教育してあげるよぉ! 正直に人間を美味しいって言えるようにさぁ……妖魔は妖魔らしく人間食べなきゃねぇ!」
穂火は無くなった腕の流れ出る血を抑え、朦朧とした意識の中で必死に勝ち筋を思考する。
――酒呑に妖魔化される……最悪だ。そんなルートは一度もなかった。玉藻に来てもらう……いや、もし酒呑に玉藻の裏切りがバレたら百万鬼夜行に対して勝ち目はなくなる。
――じゃあ、ここで輪廻転生を使う? 下手をすれば転生後の肉体を再構築してしまう。そうなったら大きく未来を変えた事により、この時代が無かった事にされ、また時間が逆行してしまう。モリガンが被害を抑えてくれている努力を全て無駄にする事になる……それでも!
「ねぇ聞こえてるぅ! 人間らしく命乞いしなよぉ! ちゃんと聞いてあげるからさぁ!」
「臨兵闘者皆陣裂在前!」
穂火は九字護身法を唱えながら片手で素早く指の形で影絵を作っていくかのように次々と変えていく。
九字護身法を唱えていくと、その穂火の身体が炎を帯び、鳥の翼のように広がっていく。まるで鳳凰のように。
「霊力が上がっていくぅ!? まさか霊力を使って傷を回復しようって言うのぉ? そんな事をしても……!?」
穂火を伝う炎の翼が広がり、両手足が無くなった蛭夜の死体に燃え広がっていた。
「輪廻転……!」
(馬鹿者が! わしとモリガンの努力を全てを無に帰す気か! この時代の道筋通りに喰ろうてくれるわ!)
玉藻のような声音の天耳他心が聞こえ、六芒星から九尾狐が飛び出し、ダルマのようになった蛭夜を口でスナックのように放り投げられ、口でキャッチしていた。九尾狐の口内に蛭夜が入ると、舌で舐め転がされた後、バリバリと骨せんべいのような音を立てて、無残に嚙み砕かれ、ごくりと飲み込まれた。
「どうしてよ! どうして蛭夜を助けちゃいけないのよ! 何度も死ぬ運命なんて私も蛭夜も認めたくない!」
(人間を食べるなって言っておいて……小娘、貴様が一番暴走しているのぉ……天照 穂火《あまてる ほのか》最後に言いたい事はあるかのぉ?)
九尾狐の巨大な顔が穂火に迫る。穂火は絶望の表情で涙を流していた。
天耳他心で穂火に言う玉藻の言葉は完全に死刑宣告であった。
「ふざけないで! 私はまだ戦える!」
穂火は構えるが、その文字通りに案山子のようになった肉体はまともに動くはずもなく、九尾狐の口の中に生きたまま収まり、鮮血を伴いながらバリバリと音を立てて、噛み砕かれ、ごくりと飲み干されていた。
『蛭夜は死肉であったが……穂火の絶望と悲しみの調味料が利いておって実に美味であった……また繰り返されるのなら喰らいたいものじゃ♪』
口に血を垂らしながら、ビルを超える背丈の九尾狐は歓喜の声を上げて吠えるように天空に向けた。
「姉様が人間の言葉を喋ったぁ?……いや、姉様ぁ! それはわたしの獲物ですぅ! あの鳥女と山伏男は妖魔、鬼として生かして駒にした方が役に立ちますぅ! それを横取りなど……」
酒呑が納得しないように言う。
『酒呑、それは貴様の私情であろう? あの二人を妖魔や鬼にして人肉を振る舞えば貴様の気は晴れるのかのぉ? 実にくだらんのぉ……そんな事よりも我ら百万鬼夜行は一刻も早くこの地球世界に離れ、元の高天原の世界に戻るのが先決であろう?』
「せめてあと数百人は喰わぬば気が収まりません!」
『酒呑、悠長な事を言っておる場合か……この世界では我らの妖力、呪力はおろか、霊力ですら弱まるのじゃ。それにこの世界ではカク爆弾? という強烈な毒物を振り撒く爆薬がある。そんなものを使われたら数日は寝込むであろう』
「数日寝込む? 姉様、ここに来て……人間にカクというものを使われた事があるのですか?」
首を傾げる酒呑に玉藻は本当に嫌そうに狐の前肢で頭を掻く。
『昔にぷらいべーと、と言うやつで来たのじゃが……あれは恐ろしい。あのモリガンめが……あの爆弾で数十発で世界が滅ぶかもしれぬな』
「そんな恐ろしいものがぁ……この世界や国々にぃ……分かりました……名残惜しいですがぁ……異界帰りの詠唱の準備をさせ、他の妖魔どもにも天耳他心で伝えますぅ」
酒呑は茨木の鬼達を手招きし、集め始めていた。
『ほう……ずいぶん被害を抑えられたではないか』
玉藻は上機嫌で空を見上げた。
瓦礫の床をフラフラと歩くモリガン。
「はぁはぁはぁ……玉藻の奴、何が被害が抑えられたよ……ぜんぜんよ!」
荒い息遣いのモリガンの目の前には八岐大蛇が咆哮を上げる。周囲のビルや家々は瓦礫の山と化し、平地は毒沼と化している。
八岐大蛇の首の一頭が蛇のような瞳でモリガンを睨み、その巨大な毒を帯びた牙が迫る。
「ちょっと私まで死んだら……転生者じゃないから、この時代はリセットよ」
「儂がいる……安心しろモリガン!」
いつの間にか、黒い紋付袴を着た坊主頭の老人が何処からか現れ、仕込み杖から刀身を抜き、抜き放っていた。
空を割くような強烈な一閃が八岐大蛇の舌と歯茎を斬り裂き、巨大な蛇のような頭が大きく仰け反り、毒混じりの鮮血が舞った。
きしゃああ!?という強烈な悲鳴に似た怪獣のような音が街中に響いた。
「そろそろ時間切れではないかな? 新総大将殿。元の世界に帰られるがよかろう」
老人が余裕な笑みで、巨大な八の蛇のような瞳で睨まれても動じることもなく立ち続けていた。
(ぬらりひょん! 総大将の面汚し! この裏切り者があああああああああああああっ!)
八岐大蛇の首が同時に咆哮する。頭痛がするような超音波のような女性の合成音声のような天耳他心で老人とモリガンに伝えていた。
そう……この人間の老人のようにしか見えないこの男こそ元百万鬼夜行の総大将【ぬらりひょん】である。
「ぬらりひょん師匠……いくら貴方でも危険です」
「構わんよ……この大蛇女殿は退くしか手はないのだからな」
(勝てる獲物を前にして……私が退くだと!……なに!? 九尾狐!? 酒呑!? この 期に及んで退くだと……何を考えている!? くっ……これも全ての貴様の算段と言う事かぬらりひょん!)
「ふ……」
笑みを浮かべるぬらりひょんに八岐大蛇は睨み続ける。
(いいだろう! 決着は高天原でつけてやる! そこの娘と貴様に組する人間どもの首を送りつけ、二度と笑えぬように貴様の顔を青ざめさせてやる! 覚悟しておけ!)
八岐大蛇は街中を響かせる咆哮を上げると、周囲に巨大な光を帯びた六芒星を浮かび上がらせると、巨大な蛇体は沼のように沈み、消えていった。
「助かりました師匠」
モリガンは疲労困憊の表情で両膝を突いた。
「よく頑張ったモリガン……審神者の穂火と蛭夜と並び、英雄と呼んでも良い働きだった」
ぬらりひょんがモリガンの肩を優しく叩く。
「いえ……何もできませんでした……この光景を見てください! この地獄絵図みたいな光景を回避する為に何度も繰り返して戦ってきたのに……結果は同じです!」
血塗れの男の子が「パパ! ママ! どこ!」と泣き叫び続ける。離れた場所では華奢なバラバラの手足の死体を拾い集める母親。血塗れで這いずるサラリーマン。死んだ魚のような瞳になった恋人を抱き寄せ、呼びかける若者。瓦礫に挟まって潰れたトマトのようになった男子高生と女子高生、その手だけは無事で、手は繋がれたままだった。
「確かに似たような光景だ……しかし、それ以上に救えた命もあったはずだ。儂が見た光景と少し違う。死んだ者達や壊れた建物はもっとあったはずだ。それはお前達が貢献した戦いの成果である。喜べ……お前達は間違いなく英雄だ」
「……こんなの……後で反省会ですよ」
ぬらりひょんがモリガンの手を引く。
「次元の狭間で皆が待ってる……動けるなモリガン?」
ぬらりひょんが仕込み杖で扉を描くようにすると、扉状に空間が裂かれ、その奥は宇宙空間が広がっているかのように黒と光輝くような星々のようなものが広がっていた。
「また失敗して時間が逆行するようなら……次は被害者0人を目指します! 玉藻を暴れさせてでも……」
モリガンとぬらりひょんが黒と星々が輝く扉状の空間を通ると、二人の姿は消えていた。その宇宙空間と繋がっているかのような謎空間も跡形もなく消えていた。
この数日後、ニュースでは天照穂火、恵比寿蛭夜、モリガン・アルスターの三名は行方不明と報じられた。