テラーノベル
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悲鳴を上げる女性、警察や消防に電話する男性、子供を抱えて立ち去る母親、何かできないかと停止した車に近づくサラリーマン、立ち行かなくなった車を降りて状況を確認する運転手。
事故から数分で警官が数名現れ、交通整理を始めた。十数分で救急車と消防車、パトカーのサイレンが徐々に近づき、中道から姿を現した。
私が見ていたのは、そこまで。
警官が現れる数秒前に、鴻上さんが駆け下りて行った地下の出入り口から、鴻上さんと寺田くんが姿を見せ、私はホッとしてその場に腰を抜かしてしまった。
寺田くんもまた、鴻上さんが現れなければ巻き込まれていたであろう事故の惨状に、足を震わせた。
鴻上さんは地下を通って交差点の向こう側に行き、私が呼んでいると言って寺田くんを半ば無理矢理に地下に引きずり込んだ。
彼らが下りた地下への階段は、トラックの荷台で完全に塞がれていた。
あのまま交差点に向かって歩いていたら、寺田くんはトラックに撥ねられていただろう。
かなり動揺していた彼は、鴻上さんの言葉をあっさりと受け入れた。
「乾さんがきみを見つけてね。同じ会社で働くものとして挨拶をしようと、声をかけたんだ」
寺田くんは鴻上さんに何度もお礼を言い、帰って行った。
私も鴻上さんに促されてその場を後にした。
「ありがとうございました。私の言葉を信じて、寺田くんを助けてくれて」
地下鉄の改札前で、私は彼にお礼を言った。
地下では地上の事故を知らない人々が行き交っている。
「いや。良かったよ、間に合って」
「はい。本当に……鴻上さんのお陰です。私なんて……全然、何の役にも立たなくて……」
へへっと笑って見せたものの、鴻上さんがいなかったらと思うと怖くて泣きそうだった。
「足、速いんですね。びっくりしました。イケメンさんで足も速いなんて、もう……、なんか――」
声が震えていることを気づかれたくなくて、どうでもいいことをベラベラと話すものの、涙が溢れて言葉に詰まる。
「――ホントに……ありがとうございます」
仕事終わりでボロボロな上に汗をかいたり青ざめたりした挙句、涙でべちょべちょな顔を晒すのはさすがに恥ずかしすぎて、私は深々と頭を下げた。
「寺田くんを救ったのは、きみだよ」
後頭部に微かな重みを感じた。
鴻上さんの手だ。
「今朝、きみが俺に忠告してくれたから、俺は無事に一日を過ごして、あの事故の場に居合わせることが出来た」
動揺と恐怖、感動が入り混じって、涙が真っ直ぐパンプスに落ちた。
頭を下げたままだと鼻水まで垂れそうで、頭を上げる。
堪えきれなくなって、ずずっと鼻をすすった。
もう、今更だ。
「良かったら、使って」
目の前に差し出されるグレーのハンカチは、新品なのか洗濯後にきっちりアイロンがかけられているのか、とにかく皺ひとつない。
「いえ。汚してしまいますから」
私はバッグの外ポケットに手を突っ込み、ティッシュを取り出した。
涙を拭き、そのまま鼻をかむ。
汚れたティッシュをバッグのポケットに突っ込み、肩で息をしながら顔を上げた。
「今日は、美味しいパンケーキをご馳走様でした。同じ会社とはいえ専務補佐の方とは顔を合わせることもないと思いますが、エレベーターとかでお会いした時には挨拶だけでもさせてください」
「あ、うん。こちらこそ――」
「――では! ここで失礼します」
ペコッと頭を下げて、私は改札にICカードをかざしてそそくさと通り過ぎた。
「あ! 乾さ――」
背後から呼ばれた気がしたけれど、振り返らなかった。
ひと時でも極上イケメンさんと食事が出来た上に、私自身でも気味が悪いこの能力を信じて助けてくれた。感謝してくれた。
喜びと、興奮と、事故の衝撃で混乱気味の私は、一刻も早く現実に戻ろうと住み慣れた古いアパートに急いだ。
コメント
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あー良かった💦😭2人が無事で安心しました!るりちゃんの力のおかげで助かった✨️