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聡一朗さんの講義の後は空き時間だった。

小腹も空いたので、大学に入っているカフェで休憩することにした。

午後のカフェテラスは学生さんもまばらだ。

大学に通うようになってからお気に入りとなったカフェラテを注文しテーブルに座ろうとしていたら、

「講義、聴きに来てくれたんだね」

聞き慣れた低い声に呼び止められた。

聡一朗さんが私に話しかけてくれた。

「すみません、ご迷惑ではなかったですか?」

「いや、驚いたけれど嬉しかったよ」

よかった。

じゃあ、あの笑顔は私の勘違いじゃなかったんだな。

「大学生活はどうだい?」

「はい、充実していてとても楽しいです」

「そうか、それはよかった」

と、またあの穏やかでやわらかい顔になる。

ほんの微かな表情の変化に過ぎないけれど、いつも冷淡なほどに無表情でいる聡一朗さんに限っては、それは微笑と言っていい。

最近、こんな表情になってくれることが多くなった気がする。

利害が一致しただけの冷めた関係として一緒に過ごすことになった私たちだけれど、少しは夫婦っていうものに近付けているって思っていいのかな。

そう思ったら、なんだかうきうきしてきた。

「あの、今日もお帰りは遅くなるんですか?」

と、つい大きな声で訊いてしまったら、途端に聡一朗さんの表情が無表情に戻った。

「すまないが、もう少し声を抑えて欲しい」

「……あ、ごめんなさい」

「今夜も会食が入っている。帰りはいつになるかわからないよ」

「はい……」

私ったら、調子に乗ってしまった。

同居しているからといって、一緒に帰宅後の時間を過ごす義務も必要性も私たちの関係には存在しない。

なのに、まるで普通の奥さんみたいな質問をしてしまった。

と、しょんぼりしていると、不意に頭をポンポンと撫でられた。

思わず聡一朗さんを見やると、その顔が近付いてきて、

「寂しい思いをさせてすまない。いちおう俺たち、新婚なのにな」

私の耳元でそっと囁いてくれた。

「今度一緒に食事に行こう。結婚のお祝いもまだだったし、君の好きなものをご馳走するよ」

そして、息もかかりそうなすぐそばで、微笑んでくれた。

聡一朗さん独特のそれではない、はっきりと分かる優しい笑み。

それをまるで、私だけに捧げてくれるように。

最後にもう一度ポンポンと私の頭を撫でると、聡一朗さんは去って行った。

その後ろ姿を茫然と見送る私の視界に、さっきの女の子たちが唖然としてこちらを見ている姿が映った。

私は真っ赤になって逃げるようにカフェから出て行った。

浮き立つような胸の高揚を隠すのに必死になりながら。





今日のすべての講義を終えて私が向かった先は図書館だった。

一日の最後に図書館に行くのが日課になっていた。

一番好きな場所に一日頑張ったご褒美として。

特に今日はとても充実した気分だったから、館内を歩きながら自然と鼻歌まで出てしまう。

向かうのはもちろん宝の山、絵本が眠る地下書庫だ。

本が所狭しと並ぶだけの空間なのに、ひっそりと静かなここに入ると、不思議と心がほっとする。

今日借りる絵本はどれにしようかと選んでいる時だった。

いつも人気のないここに、コツコツとヒールの足音が聞こえてきた。

どこか高圧的なその音は、まるでターゲットの居場所を承知しているようにリズムを崩さずこちらへ近付いてくる。

紗英子さんが私に向かって歩いてきていた。

姿を確認した途端、私は思わず目をそらしてしまう。

彼女の冷ややかな無表情には、今にも猛然と襲い掛かってきそうな怒りが滲んでいた。

落ち着くはずの書庫が、逃げ場のない袋小路に変貌する。

「私、認めないわよ」

開口一番、紗英子さんは怒鳴りつけるように言った。

「な、なんのことですか」

「とぼけないで。あなたと先生のことよ」

ドキリ、と胸が痛む。

紗英子さんは、私が聡一朗さんに関わることをこころよく――そんな程度じゃない、嫌悪していたと言ってもいい。

まるで、野放しにしていた虫がついに害を及ぼしたのを忌々しがるように、紗英子さんは怒りをあらわにした。

「私は認めないわよ、あなたのような小娘が先生と結婚するなんて」

そんなことを言われても、どうすればいいというのだろう。

これは利害が一致しただけの関係だからあなたの考えているようなものではない、なんて言えるわけもないし。

私だって聡一朗さんがなぜ私を選んでくれたのか、未だに納得できない。

でも契約結婚とはいえ、申し出てくれたのは聡一朗さんなのだ。

「図々しい子とは思っていたけれど、こうまであざといとは予想もしてなかったわ。大学にも行っていない無教養な小娘が、うまくやってくれたものね」

まるで性悪女を蔑むような言葉に、さすがの私もムッとくる。

たしかに私は大学に行かないことを選んだ。でも行けなかったわけじゃない。

それに聡一朗さんだって言ってくれた。

誰でもよかったわけじゃない、って。

「聡一朗さんが私をちゃんと評価して選んでくださったんです。その聡一朗さんの判断を、あなたがとやかく言う筋合いはないわ」

私にしては会心の反撃。

君という鍵を得て、世界はふたたび色づきはじめる〜冷淡なエリート教授は契約妻への熱愛を抑えられない〜

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