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(残りの演奏は、お色直しの入場の曲と、余興の大トリで奈美と連弾、新婦の手紙、退場の曲か……)


奏は頭の中でセットリストを整理しながら、パウダールームで化粧直しをしている。


そういえば、歓談時にぶっつけ本番で弾いた曲を、ピアノから少し離れた場所で聴いている男性がいたな、と彼女は思い出した。


曲を聴いてくれていたのか、奏の演奏を見ていたのか、彼女には分からない。


『WHEN I THINK OF YOU』は、奏も大好きな曲である。


即興演奏になってしまったが、知っていると思われる人がいた事に、彼女は嬉しくもあった。


鏡を見ながらボルドーの口紅を引き、パウダールームを後にすると、背後から男性に声を掛けられた。




「音羽さん」


振り返ると、そこには先ほどの谷岡が、披露宴会場の入り口近くに立っていた。


どうやら、奏の事を待っていたらしい。


まさか、待ち伏せされているとは思わず、奏の心臓が嫌な音を立てたような気がした。


「先ほどはどうも」


作り笑いを浮かべながら、少しぶっきらぼうに言うと、谷岡はスーツの内ポケットから名刺入れとペンを取り出し、名刺の裏に何かを書き込んだ後、奏に差し出した。


「音羽さん、今日は披露宴でピアノをずっと弾いていたんですか! すごく上手ですね」


「ありがとうございます。披露宴の演奏は、奈美にお願いされたものですから」


光沢感のある上質な礼服を纏った彼の目が弧を描き、綺麗な歯並びがチラリと見えた。


奏にとって谷岡は爽やか過ぎて、どう対処したらいいものか、と戸惑ってしまう。


「新郎の豪には、連絡先を交換するなら披露宴が終わってからにしろって言われましたが、『善は急げ』って事で……」


奏は両手で名刺を受け取り、視線を落とす。



——向陽プリントテクニカル 東京事業所 所長 谷岡 純



向陽プリントテクニカルは、大手事務機器メーカー『向陽商会』の関連会社だ。


数ヶ月前に、新会社として設立されたばかりだと記憶している。


住所は立川で、恐らくあの広大な工場地帯の中だろう、と奏は予想する。


裏を返すと、谷岡のメッセージアプリのIDが記されていた。


「もし音羽さんが良ければ、メッセージアプリのIDを教えてもらえたら嬉しいです」


「ええ、私のIDで良ければ構いませんよ。滅多にこのアプリは使いませんが……」


「そうなんですか? 使わないなんて勿体無い……」


何が勿体無いのか分からないが、奏はQRコードを表示させ、谷岡に見せる。




落ち着き払っているように見えて、妙にソワソワしている彼女は、早くこの場から立ち去りたくてしょうがない。


男性と二人でいるのは、今の奏にとって一番苦手な事。


彼は慣れた手つきで、悠長にスマホカメラでスキャンさせ、奏の連絡先を登録する。


「せっかく知り合ったんだし、今度お食事にでも行きませんか?」


ストレートな谷岡の誘い文句に、奏は『はぁ、私で良ければ……』と、呆気に取られながらも辿々しく肯首した。


「後日、こちらから連絡させてもらいますね。それでは失礼します」


谷岡は一礼した後、会場の中に入っていく。時間的にも、そろそろお色直しの入場だ。


奏も慌てながら会場内に入っていった。

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