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会場のキャプテンが手を挙げ、そろそろ新郎新婦がお色直しを終えて再入場する合図が送られた。
再入場は、サティのピアノ曲『ジュ・トゥ・ヴ』を演奏する。日本語タイトルは『あなたが欲しい』と、ド直球な曲名だ。
「ご歓談中ではありますが、新郎新婦のお色直しの準備が整いました。皆様、後方扉にご注目下さい。新郎新婦、ご入場です」
奏は、テンポを揺らしながらピアノを演奏し始めた。
黒いタキシードの新郎に、パステルブルーのカラードレスを纏い、ハーフアップにした新婦は、ウェディングドレスとは違った清純さが溢れている。
明るく、どこかアンニュイな雰囲気のワルツの旋律と拍手が会場内を包み、親友も笑顔を溢れさせて夫の腕に手を添えながらメインテーブルに向かって歩いている。
二人がメインテーブルに着席した所を見計らって、奏はようやく用意されていた席に着席でき、ホッとひと息吐いた。
中学時代の友人も数人いて、少しだけ会話をしながら食事やスピーチ、余興を楽しんでいた。
「それでは、本日の大トリを飾って頂くのは、開宴時より素敵なピアノの演奏で、披露宴に華を添えて下さっている新婦の友人、音羽奏様と、新婦、奈美さんのピアノの連弾による演奏です。では音羽様、新郎新婦にひと言お祝いの言葉をお願いいたします」
奏は司会者に紹介され、席から立ち上がると、キャプテンの方からマイクを手渡された。
列席者の視線が一斉に奏へと集まり、急に緊張していくのを感じながら、ありきたりな言葉でスピーチをする。
「豪さん、奈美さん、ご結婚おめでとうございます。また、ご両家のご家族、ご親族の皆様、本日はおめでとうございます。新婦の小中学校時代の友人、音羽奏と申します。今日は、お二人の披露宴でピアノ演奏ができた事、とても嬉しく思っています。いつまでも仲良く、お幸せに」
スピーチしている間に、奈美はピアノの前に座り、準備をしている。
メインテーブルにいる夫の豪は、ニコニコしながら奈美を見つめていた。
「準備が整いましたでしょうか? それではお二人の演奏をお聴き頂きましょう。曲は、国民的人気RPGゲームの五作目のエンディング曲『結婚ワルツ』です」
司会者の曲紹介で、新郎側のテーブルが『おおぉ〜!』と響めく。
ありきたり過ぎるお祝いの言葉になってしまったな、と反省つつ、奏は奈美の左隣に座り、視線を交わして、連弾の演奏を始めた。
クラシカルで華やかな舞踏会を思い起こさせるワルツは、ゲームミュージックとは思えない。
結婚披露宴にピッタリだ。
新郎側のテーブルから『俺はビ○ンカ派だな!』『いや、そこはフ○ーラだろ!』『やっぱり俺はデ○ラだな!』『甘いな! 俺は三人とも結婚したぞ!』『で、お約束のル○マンだよな!』と、ゲーム内の花嫁選択の話が旋律に混じって聞こえてくる。
奈美から少し離れた場所では彼女の上司、谷岡がスマホで演奏の様子を動画に撮っている。
そして、歓談中に即興で弾いた曲をじっと聴いてくれた男性も、スマホカメラで撮影していた。
新郎の豪は、妻がピアノを弾く姿を見るのは初めてなのか、顎に手を添えながら奈美の演奏する様子を食い入るように見つめている。
奏は、十数年振りに親友と演奏できる喜びを噛みしめながら鍵盤に触れた。
機会があったら、また彼女と連弾したい、とも。
美しい旋律に、無意識に奏と奈美の身体が揺れ動き、互いに呼吸を合わせてリズムを取る。
二人の美女が奏でる優美なアンサンブルに、いつしかピアノの周りに人が集まってきていた。
曲のラストは華麗な音色の和音で曲を締めくくる。二人は立ち上がり、列席者に一礼すると、口笛と大きな拍手が送られた。