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熱のこもった更衣室で体操着に着替え、体育館へと入って行った。更衣室なんか目じゃないくらいに暑くて仕方がない。
「あ。明里だ。朝から何やってるんだろう?」
僕よりも先に学校へと向かった彼女は、体育館の隅っこでノートパソコンとにらめっこをしていた。眉間に皺を寄せながら。
「どうしたの? 何か気になることでもあった?」
「あ、大輔! あるよー、気になってることならたくさん。その体操着の下に一体どんな下着を履いてるのかとか、どれくらいの大きさの胸が好みなのかとか、いつもどんなエッチな本を読んでるのかどうかとか!」
「うん、分かった。よく分かったよ。お前の変態度がどんどん上がっていっているのが。たぶん、僕はいつか多大なる恐怖を覚えることになるんだろう。そして、明里はもう手遅れなところまで行ってしまったんだなと。って、なんで泣いてるの!?」
両手で顔を覆いながら、すんすんと泣いている明里である。
「大輔が、私のことをそんなふうに思ってただなんて……悲しい。というか、変態じゃないもん。他の人達よりも、ほんの少しだけ愛が重いだけだもん」
「そこは自覚してたんだ……ほんの少しじゃないと思うけどね」
「と、そんなくだらない冗談は置いておいてっと」
「いや、置いちゃだめだし、どこからどこまでが冗談なのか分からないんだけど……」
「まあまあそう言わずに。それでさ、ちょっと一緒に観てほしいものがあるんだけどいいかな?」
答えることをせず、明里よろしく僕は隣に腰を下ろす。パソコンの画面に映っていたのは大木のプレイ動画だった。
「これって、確かこの前の六月にあった練習試合のやつだよね? 監督が一年生の実力を把握するために試合を組んだやつ」
「そうそう。一年生だけでメンバーを固めてやった試合の動画。それでね、ちょっと気になることがあって。大木くんに関して」
「大木? 相変わらず、いつも通りのアグレッシブなプレイスタイルだと思うけど。何か問題が?」
そこに映し出されていた大木は、リバウンドを取るために相手のディフェンダーに対してスクリーンアウトをしかけていた。
「相変わらず上手いよなあ、コイツのーンアウト」
バスケットにとって、リバウンドは試合の中でもとても重要な要素だ。誰かがシュートに失敗しても、それを奪うことができれば、再度攻撃を仕掛けることができるから。
もっと言ってしまえば、リバウンドを取り続ければコチラの攻撃はずっと終わらない。試合のイニシアチブを制することができるというわけだ。
「で、これがどうかしたの? 何が問題なのか僕には全然分からないんだけど」
「問題はないよ。『この時点では』ね。次のシーンを観れば分かるから見て。試合終了十分前のところからなんだけど」
そして明里は動画を早送り。そこに映し出されていた大木のプレイを見て、明里が言いたかったことがようやく僕にも理解できた。
「アグレッシブさが、ない……?」
パソコンの画面には、やたらと消極的に動く大木の姿だった。
「なんでだと思う?」
「なんでだと思うって……あ! そうだ思い出した! ファールの回数か!」
「ご名答。大木くんってさ、アグレッシブすぎるんだよ。オフェンスも、ディフェンスも」
そうだった。確かこの時、第三クォーターで四回目のファールを取られたんだった。
バスケットボールのルールでは、ファールの回数が五回に達すると、強制的に退場させられてしまうんだ。
だから、どのチームでも基本的にそうだけど、四回目を取られた時点で一度ベンチに引っ込める。最後の最後の勝負所で再度出場させるために。
「完全にファールを怖がってるよね、コイツ」
最初に観た時点とは比べものにならないくらい、亀が頭を引っ込めたかのように、借りてきた猫のように、大木は小さく縮こまってしまっていた。五回目のファールを取られないよう。
「そうなの。でね、思い出してみたら大木くんって中学の時もそんな感じだったなあって」
「あー。そういえばそうか」
「すっごく紙一重なんだよね、大木くんって。積極的に攻めまくるのが彼のプレイスタイルだけど、ここまで消極的になっちゃうとねえ」
「うーん……明里はどう思ってるの? ファールを重ねないように少しだけでも積極性を抑えた方がいいとか?」
僕の質問に、明里は首を横に振った。そして人差し指を僕に向けたのだった。
「そんなこと思ってないよ? そしたら大木くんの良さが消えちゃうじゃない。で、そうならないように、今度の試合では大輔にもリバウンドに参加してほしいの」
「はあ!? 何言ってるの!? 僕のポジション知ってるでしょ? シューティングガードだよ!?」
「知ってるもなにも。だからお願いしてるのよ。ポジション的に、ゴールから一番離れてるけど、たぶんいけるはず。自分で打ったシュートの時だったら。それに、大輔には人並よりもずっと高くジャンプすることができるでしょ?」
やっと明里の意図が理解できてきた。簡単に言うと、フリースローの時と同じようにしろという意味だろう。
ゴールに入らず、ボールが跳ねて飛んでいく角度ははっきり言って分からない。
けど、打った本人はちょっと違う。シュートを放った瞬間、なんとなく感覚で分かるんだ。ゴールにボールが入らなかった場合、どの角度にボールが跳ねていくのかが。
「――まあ、とりあえず試してみるよ。どこまでできるか分からないけど」
「よしよし、さすがは私の婚約者なだけあるねえ大輔は。理解が早い。大木くんと大輔に頑張ってもらわないと、今度の練習試合で大隣先輩に負担がかかりすぎちゃうから。あー、説明するの疲れたあ。癒されたいからこの前編集した大輔の動画でも観ることにするね」
「……可愛い動物の動画を観て癒されようとする人みたいに言わないでほしいんだけど」
明里が動画を再生しようとしたその時、ちょうどいいことにバラバラと他の皆んながコートへとやって来た。ナイスタイミング!
が、大木が猛ダッシュでコチラへとやってきたのだった。なーんか嫌な予感が……。
「おい宮部! それと嫁さん! 聞いてくれよ! 俺、今度の練習試合のスターティングメンバーに選ばれたらしいぜ!」
「「……え?」」
僕と明里は顔を見合わせ、二人ともキョトンとしてしまった。そして一緒に首を傾げた。
「大木? お前、昨日いたよね? 監督が皆んなを集めた時に」
「んー、それがさあ。よく覚えてないんだよなあ」
「覚えて……ないの?」
ああ、全く。昨日、ショックなことがあったみたいだからな。そういう時って俺、早く忘れられるように頭を空っぽにして何も考えないことにしてるんだ」
あの時、大木は確かに死んだ魚のような目をしていたけど、ええ……。
「だからさ、監督の話を全く聞いてなくて。で、さっき他の奴に言われて初めて知ったんだ。なあ、スゲーだろ!」
「嘘でしょ!?」
チラリと明里を見やる。もんのすごくうんざりした顔をして、「はあーっ……」と、深く溜め息をついていた。
「……大木くん。昨日、私が怒ったことは覚えてる?」
「怒ったこと? いや? 覚えてないけど? というか忘れたのか。それがどうかしたのか?」
すくっと明里は立ち上がり、昨日よりも三割り増しくらいの鋭さで大木の腹目掛けて蹴りを繰り出した。
「お、俺が何をしたって言うんだ……」
「うん。忘れちゃってるみたいだから、もう一度蹴っておこうと思って。あー、スッキリしたあ」
清々しい表情をした明里は、「さてと」と言い残して監督の所へととたとた歩いて行った。さっき僕に説明したことと同じ内容を報告するつもりだろう。
蹴られた腹部を押さえながら蹲った大木を残して。
まあ、大木。安心しろ。
お前の骨はちゃんと拾ってやるから。
【続く】
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#ハッピーエンド
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