夜の相談室。
蛍光灯の白い光が、机の上の缶コーヒーをぼんやり照らしていた。
蓮司は椅子の背に体を預け、足を組む。
扉の前に立っていたのは、制服姿の男子だった。
「……誰かの前では、笑わなきゃって思うんだ」
彼は俯いたまま、指先でシャツの袖をいじっていた。
「つまんない顔してると、“どうしたの?”って聞かれるし、
暗いって思われるのも嫌で……。
だから無理して笑って、何事もないふりして。
でも、家に帰るとぐったりする。……何してんだろ、って思う」
蓮司はしばらく黙っていた。
その沈黙が、やけに柔らかかった。
「笑うのってさ、案外“戦い”なんだよ」
彼は机の上で指をトントンと叩く。
「本当は疲れてるのに、笑う。
どうでもいい話に合わせて笑う。
それ、体力も心も使う。
でも、人の世界で生きるには、必要な仮面でもある」
男子は顔を上げる。
「じゃあ、やっぱ笑ってなきゃダメなのか」
「いや、違ぇよ」
蓮司は即答した。
「“笑ってなきゃ”って思うのがしんどいだけで、
笑うこと自体が悪いわけじゃねぇ。
ただ――“誰のために笑ってるか”くらいは、たまに考えろ」
彼は缶コーヒーを一口飲み、苦味に目を細める。
「誰かのための笑顔は、いつか壊れる。
でも、自分の中にちょっとでも“ああ、今の笑いは本物だったな”って思える瞬間があれば、
それで十分だ。
全部嘘の笑顔じゃなくて、
一つでも“生きてる笑い”があれば、それは強い」
男子は少しだけ、鼻で笑った。
「……生きてる笑い、ね。なんか変な言い方」
「変でいいんだよ。人間なんてみんな変だし、
“平気なふり”しながらバランス取ってんだ」
窓の外では、風が街のネオンを揺らしていた。
蓮司は視線をそこに向け、ぽつりと呟く。
「お前の笑顔が全部嘘でも、
いつか一回くらいは、心から笑える日がくる。
無理して笑うより、そういう一回の方が、よっぽど意味がある」
無理して笑うのは、優しさの裏返し。
でも、自分まで壊れるほどの優しさは、いらない。
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