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放課後の相談室は、蛍光灯の白い光がやわらかく机を照らしている。
夕陽はもう沈みかけ、窓の外は青と黒の境目のような色になっていた。
ドアがきしむ音がして、ひとりの生徒が入ってくる。
肩をすぼめ、スマホを握りしめたまま。
「……話していい?」
蓮司は椅子を揺らしながら、視線だけ向けた。
「どうぞ」
生徒は扉をそっと閉め、重たい足取りで席に座った。
指先はスマホのケースを何度もなぞっている。
「SNSでさ、“いいね”が減るだけで……
なんか、すごい不安になるんだよね」
声はかすれていた。
蓮司は腕を組み、無理に表情を作ることもなく、ただ聞く姿勢を取る。
「前まで、写真あげたらけっこう反応あったのに……
最近全然でさ。
見られてない気がして……なんか、俺、いなくてもよくね?って。
そんな気持ちにずっとなる」
机に落ちる影が揺れる。
生徒は俯いたまま、言葉を続ける。
「バカみたいでしょ?数字で不安になるとか。
でも……気付くと、ずっと画面見ててさ。
“まだ増えてない”“まだ誰も見てない”って。
その度に、胸がぎゅってなって……
なんか、消えていいのかもって思う」
蓮司は少しだけ椅子を引いて姿勢を変えた。
面倒くさそうにも、同情っぽくもない。
いつもの飄々とした温度。
「数字って、冷たいからな」
ぽつりと言う。
「増えたら嬉しいけど、減ると急に全部否定された気になる。
あれはそういう仕組みだ。お前だけじゃねぇ」
生徒の指が固く握られたスマホを震わせる。
「でもさ……“見てくれてる人がいる”って思わないと、
なんか、自分の存在がふわって消えそうで……
誰かに気付かれてないのが、怖い」
蓮司は天井を一度見上げ、軽く息をつく。
諭すようでもなく、突き放すでもなく。
「見られてることが“存在証明”になるのは、別におかしくねぇよ」
穏やかなトーンで続ける。
「ただ……その証明を数字ひとつに任せてたら、そりゃしんどい。
あれは気分を転がすための道具みたいなもんだから」
生徒は小さく眉を寄せた。
「じゃあ……俺はどうしたらいい?」
蓮司は少し笑った。
優しいんじゃない。ただ、力を抜いた笑い。
「どうもする必要はねぇよ。
“数字に揺れる自分”を恥ずかしがらなくていい。
人って、不安になると、分かりやすい指標に縋るんだよ。
誰だってそうだろ」
生徒は顔を上げられず、それでも声だけが漏れる。
「……それでも、不安になるよ」
「だろうな」
蓮司は肩肘をつきながら続けた。
「でもさ。不安になるのって、“見てほしい”って気持ちがちゃんとある証拠だ。
誰にも気付かれたくないやつは、そもそも数字なんて気にしねぇ」
生徒の目の奥で、何かが少し動く。
蓮司は視線を窓へ向けたまま、飄々とした声を落とす。
「“誰かに見てほしい”って気持ちは、弱さじゃねぇよ。
ただ、お前の心がまだ世界に触れようとしてるってだけだ。
その気持ちがある限り、消えたりしねぇよ」
言葉は淡々としていたのに、不思議と温度があった。
生徒はようやくスマホを手から離し、小さく息をつく。
「……少し、落ち着いた」
蓮司はペンを軽く弾きながら言う。
「数字の機嫌に全部つき合うの、そろそろやめてもいいんじゃねぇ?」
その何気ない一言が、いちばん刺さった。