テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
1,983
#宵待ち亭
#夢
潜り込むように、金原の隣りへ横たわった櫻子だったが、恥ずかしさには勝てなかった。
火照る顔と高鳴る鼓動を押さえようと必死になっているのを知ってか知らずか、金原は櫻子の体に腕を回してきた。
「……どうあれ、よかった。お前を守れて……」
「旦那様?」
金原の柔らかな声色に、櫻子は、ふと、顔をあげる。
あの碧い目が、すぐ前にあった。
「俺は、異人に囲われていた芸者の子供だ。もっとも、産まれた時には、父親の異人とやらは、いなかった……。だから、親なんて、いないものと割りきっていた……」
ポツリと語る金原へ、櫻子は、その母親である芸者は、小春、いや、勝代なのか、異人とは、ハリソンなのかと問いかけそうになる。
しかし、碧い瞳は、ゆらゆらと揺れていた。うっすら涙ぐんでいるようにも見える。
身の上を、本当は聞かれたくないのだと、それを無理して話しているのだと、櫻子は読み取った。
何故か、櫻子までも、胸が苦しくなり、ぎゅっと、金原の寝巻きの袷を握ったところ、碧い瞳が、しっかり櫻子を見る。
「……親と呼ぶべき人間にも、事情があった。それは、わかる。だがな、そのお陰で、俺は……」
簡単に人へ話せないほど、苦労したのだろうと、櫻子は思いつつも、金原の言葉を黙って聞き続けているが、なかなか、次の言葉を金原は発しない。
「……旦那様?」
「まだ、女中でいるつもりか?女中として、俺の世話をするつもりか?」
「え?」
確かに、そうゆう事になっていた。金原は、一方的に、妻だと公言はしているが、櫻子はと言えば……。
「あ、あの、私は……」
答えに詰まる櫻子へ、金原が微笑みかける。
「……お前はどうしたいんだ?俺は……」
言うと同時に、櫻子の唇に暖かな物が重なってきた。
「……俺は野良犬同然の育ちだ。もう、これ以上のおあずけは、我慢ならん。だから……目を閉じろ」
金原に言われるまま、櫻子は、目を閉じる。
櫻子に回されている手が、ゆっくりと、帯を解いて行く。
これから何が始まるのか、櫻子にも分かっていたが、臆することなく、金原にそっと、身を預けた。
耳元で、家族を作ろう。幸せな家庭を作ろう。金原にそう言われたような気がした──。
「……俺のものだ」
「あっ!」
金原が、櫻子の胸元へ口付けると同時に、小さな痛みが走る。
「お浜に見られないようにな。また、騒ぎになる」
櫻子の胸元についた小さな赤い印を、金原はいとおしそうに眺めると、櫻子をしっかり抱き寄せた。
「……旦那様……傷は……」
「ああ、まあ、痛まないと言えば嘘になるが、大丈夫だ。それよりも……お前の方が……痛むんじゃないのか?」
ニヤリと笑う金原に、櫻子は、ひっと、息を飲んだ。からかわれているのだろうが、どう答えて良いかわからず、つい、金原の胸に顔をうずめた。
「巻木綿《ほうたい》を……巻き直したほうが……傷口の脱脂綿も取り替えた方が……」
傷口を押さえる為に、金原の胸元に巻かれてある木綿が、緩んでいた。
「ああ、別に構わんさ……」
「でも……」
「後で、妻として巻き直してくれるか?それとも、女中として?」
「もう!意地悪!」
とっさに、出た櫻子の不平に、金原は、クスクス笑った。
「やっぱり、実家だと、落ち着くか?やり方は、不服だろう。ただ、俺には、このやり方しか思いうかばなかった。お前の喜ぶ顔が見たかった……。それだけなんだ……」
櫻子の、住み慣れた家を手に入れたかっただけと、少し困り顔で言う金原に、櫻子は、ふふふと、小さく笑った。
奇妙な始まり方だった。が、それが、金原のやり方なのだと、なんとなく、櫻子には理解できた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!