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「じゃあ、私これで失礼しますね!!」
「……おつかれさまでした」
燎子がドアを開ける前に、リフレッシュルームのドアが開く。
すっと目を遣れば、篤人の姿が見えた。
「あ、噂をすれば! 話、聞きましたよ」
きゃぴっと話しかけている燎子。適当にそれを篤人があしらう。
ひと言ふた言交わして、燎子が去って行くのを見送ると、篤人が深く息をつく。
「……大丈夫?」
優しくそう言われると、ふっと力が抜けて、へなへなとその場に座りこんだ。
「ちょっ……!!」
駆け寄ってきた彼に顔を覗き込まれ、あまりに美しい篤人の顔にドキッとした。
「ごめんっ、なんか言われた?」
「あー……うん。ちょっと」
手を添えて、イスに座らせてもらう。私は燎子に、泣かれたことと、Wデートに誘われたことを話した。
「意外と早く動いたね」
「……うん」
「ごめん、さすがに今日は何もしないだろうと思ってたけど甘かった」
篤人が申し訳なさそうに言うので、私はふるふると首を振った。「大丈夫、けっこうちゃんとできたよ」
「どんな話ししたんですか?」
「……永井さん優しくしてくれるので幸せですって話したんだ」
いい感じでしょ? そう言うと眉根を寄せて困ったように篤人は笑う。
「その調子で」
「うん……」
「ダブルデートはしません」
「あ、はい」
どういう神経してんだ? と篤人が呆れたように息をつく。本当だよねと、けらけらと笑った。
「会社じゃ話しにくいから、仕事終わったら家に来れる?」
「あ、うん。でもきょうちょっと遅くなりそうなんだ」
「いいよ、待ってる。俺も仕事まだあるし」
ちゅっと頭に軽くキスを落とされて、カッとそこが熱を持つ。あわあわと慌てながらフロアに戻った。
今日は残業している人もちらほらいる。その中に|伊吹《元カレ》もいて、なにやらパソコンの画面とにらめっこしていた。
声をかけることもせず、自分の仕事の続きを始める。燎子はいったいなにを考えているのだろう。次は何を始めるのだろう。
さっきのあの笑顔の下は、間違いなく怒りに満ちていた。
そんなに私のことが憎いのかな。
私がいったい何をしたというのだろう。
考えても答えが出るはずもなく、とにかく仕事を終わらせることに集中する。
ガツガツとキーボードを叩いていると、あっという間に20時を過ぎていた。「どう?」
篤人に声をかけられて顔を上げた。
「うん、もう終わりにするね」
「じゃあロビーで」
篤人がフロアを出るのを見送り、キリがついたところで帰り支度を始める。フロアにも人がまばらになって、静かだ。
伊吹もまだ残っていたので、声をかける。例のキッチンの訂正箇所を、あれこれ考えあぐねているようだったが、また明日にしてもいいのでは? と提案した。
「明日でもいいんじゃない?」
「そうだな」
ぐるぐる考え始めると出口が見えづらい。伊吹も帰り支度をはじめ、一緒にフロアを出た。
キッチンの企画はいよいよ大詰め。これが終わったら、次は子育て世代に向けたシステムキッチンの開発に着手する予定だ。
もう企画自体は走り出していて、また途中合流させてもらう。大手雑貨チェーン店とのコラボで、大容量収納の中に、その雑貨チェーンの入れ物がカチッとはまるのが売りらしい。
どちらかというと、そちらの方がワクワクしている。目処が立てば、早めに移ることになりそう。
燎子の顔を見なくて済むのであれば、一刻も早くそちらに移りたい。そんな気持ちもあった。
「風見さん!」
伊吹と一緒に廊下を歩いていると、元気な声がする。後ろを振り向けば、ニコニコと笑う燎子が立っていて、背筋がゾッとした。
「珍しい、残業?」
「ううん。一緒に帰りたくて待ってたの」
そう話し始めたふたりを横目に、お疲れさまとつぶやいてロッカールームへ急ぐ。
リフレッシュルームで燎子と話してから、もう2時間近く経つ。
きっとわざと残っていたのだろう。その執念が恐ろしくて、体が震えた。
ロッカールームで慌てて身支度を整えて、バッグを持ってエレベーターに飛び乗る。扉が開くと同時に駆け出して、篤人の姿を探した。
「……あれ、いない」
きょろきょろと辺りを見回すけれど、篤人の姿が見えない。会社の外にいるのかな? そう思って自動ドアをくぐって外に出た。
……やっぱりいない。もう一度ロビーに戻ろうとしたところで、あの2人がちょうど出口から出てきていた。
「藤原さん、どうかなさったんですか?」
燎子の声は相変わらずきれいだ。腕を組んでいるふたりの姿は何とも言えない。何も言いたくないけれど何か言わなくちゃと思っているうちに燎子が口を開く。