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また別の生徒視点
静かすぎる昼休みだった。
教室の端、理科準備室とつながるその扉の近くに、いつもよりも多くの人影が集まっているのが見えた。
──今日も、か。
分かっていた。分かっていて、目を逸らすことにも慣れていた。
耳に入る音は、笑い声と、時折混じるなにか湿ったような呻き声。
あのカーテンの向こうで、何が行われているのか。
推測するまでもない。けれど、誰も言葉にはしない。
言葉にしたら、自分が「関係者」になってしまう気がしたから。
遥は、別にいいやつじゃなかった。
特別、好かれてたわけでもないし、喋った記憶もろくにない。
けど、──あれは、やりすぎだろって、ずっと思ってた。
でも、その“思ってた”だけで、自分は何もしなかった。
正確には、「できなかった」なんて言い訳さえ、使いたくなかった。
本音では、ただ関わりたくなかっただけなんだ。
汚れ役を引き受けるほど、自分は強くない。
正義を振りかざすほど、綺麗でもない。
だから、せめて“見ている”ことくらいしか、できなかった。
遠くで、机がひとつ揺れたような音がした。
その直後、あの扉の中からかすかに──声が漏れた。
「……やめろよ」
男の声だった。低くて、かすれていて、それでも確かに聞き取れた。
遥だ。
あいつ、喋ったのか──そう思って、思わず教科書のページをめくる手が止まった。
周りも、少しざわついた。
いや、ざわついたのではない。
「聞こえなかったふりをし直す」ための、再調整だった。
誰かが笑った。誰かが立ち上がった。
何事もなかったような顔で、また皆、昼休みに戻る。
──あの声、震えてた。怒ってた。
だけど、本当に怒ってたのは、たぶん自分の声が届かないことなんかじゃない。
届いているのに、誰も応えようとしない、その“沈黙”のほうだ。
それでも、自分は何もしなかった。
何か言えば、明日は自分があのカーテンの向こう側に連れていかれるかもしれない。
そんなの、怖くてたまらなかった。
教室は、また静かになった。
誰も、遥のことなんか見ていないふりをしている。
けど、本当は──全員が知ってる。
この教室の「密室性」を、一番よく理解しているのは、加害者でも教師でもなく、
あの声を聞いてしまった、何もしない僕らなんだ。
ふと、机の陰に目を落とすと、遥の鞄があった。
持ち主は、まだ戻ってこない。
あの部屋の中で、今、何をされているのか──誰にもわからない。いや、わかっているけど、わからないふりをしている。
──あいつ、明日も来るのかな。
心の中でつぶやいたその声が、
どこにも届かないことに、心底ほっとした自分がいた。