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日下部の前に座った女子生徒は、制服のリボンをきつく締めすぎたのか、喉元を少し苦しげに抑えていた。
「――“私らしくないね”って、よく言われるんです」
日下部は、彼女の言葉の続きを待つように、ただ視線を向ける。
「笑ってると、“無理してるでしょ”って言われて、
無表情でいたら、“なんか冷たくなった”って言われる。
ちょっと気を遣えば“キャラ変わったね”って。……じゃあ、どうすれば“私らしい”のか、わかんなくなってきて」
「それを言ってくるのは?」
「クラスの子たちです。悪気はないんですけどね。……でも、たぶん、私が“期待される私”を演じてたから、
ちょっとでも違うと、すぐわかるんだと思います。自分でも、もう、どれが“ほんとの私”かわかんないんです」
日下部は、机の上に置かれた小さな鏡を指差した。
「その鏡、見るとき、何を探す?」
「……顔?」
「顔、だけ?」
「表情、ですかね。あとは、髪の乱れとか」
日下部は、少しだけ頷く。
「じゃあ、心の鏡があったとしたら、何を見たい?」
女子生徒は言葉を止めた。目が伏せられる。
しばらくの沈黙の後、彼女は小さく言った。
「……わかんない。でも……誰にも言われない場所で、息したいなとは、思います」
その言葉に、日下部は少しだけ眉を動かした。
「ここでなら、してもいい」
「……息?」
「“らしくある”なんて、そんなに強くない言葉だよ。
でも、君が自分を押し込めてまで合わせてきたなら、それはきっと、誇れる苦しさだ。
でもな、苦しさは、“らしさ”じゃない。そこは、切り離していい」
女子生徒は、喉元にかかったリボンをほどいた。
一瞬、ふっと息が通る音がして、肩が落ちた。
「……ちょっと、楽になりました」
日下部は、それには何も言わず、小さくうなずいた。