僕はここで何回死んだだろう?
神秘的にさえ思えた大樹は僕を殺し続けた。その大樹さえ僕の法則に従って崩壊した。
その後にあったのは野生の獣たちによる宴。なぜだろう、狼も熊も──鹿なんてのもいる。お前は草食だろ!
その全てが喧嘩する事なく僕だけを食べにきた。そんなに僕の肉は美味しいのかい?
僕が死ぬたび、獣が死ぬ。
僕が死んだ数だけ獣が死んでいく。
獣は減った数だけ補充されていて、その波は止む事を知らない。
そんなに僕の腕は美味しいかい?
脇腹は内臓があるもんね。美味しそうに食べるなぁこいつら。
脚がない。ああ、あんなところに持っていって……仲良く食べているんだな。取り合いをするわけでもなく。
目が覚めるたびに僕の身体はあちこちが欠けている。
意識を取り戻すよりさきに再生して、既に食べられ始めているからだろう。
だから意識を取り戻した時にはもう瀕死だ。
獣の死骸も増えていく。
不思議なのはその場面を見てないのに、獣の死骸も欠損している事だ。
ああ──僕が食べられている。
激痛も常にあるならばもはやそれが健常。苦痛も止まないが慣れてくる。
小鳥も僕を啄む。豚やうさぎなんかもいる。普段とは逆。食べる側と食べられる側が入れ替わって……。
それでも僕は生きたまま食べる事なんてしなかったのに。
空が赤い。大樹も僕の血で濡れそぼっている。
僕はどれだけ死んだ?
あんなとこまで僕が落ちている。あちこちに散乱する肉片。
大樹の残骸を背中に感じながら、僕は意識の海に沈んでいく。
意識の深層、そこに何かがあるのかもしれないな。
僕を食い散らかす世界でこの目に何を映す必要もない。
悲鳴と怨嗟の声ばかりの世界でこの耳に何も聞く必要もない。
僕の血の匂いと獣の血の匂いに染まった世界でこの鼻は何も嗅ぐ必要もない。
痛みばかりのこの世界でこの皮膚も肉も何も伝える必要などない。
血の味しかしないこの口の中の味覚を感じる必要などない。
愛おしい妻を失って家族を失って、ヒトであった自分を失った僕の心に何も響かせる必要もない。
この深い蒼の底にまで沈めば僕は僕を殺すことができる気がする。
意識の水面は遠く、見あげたその先で揺らめく光ももう殆ど見えない。
沈む。深く。この世界の底まで。
背中に軽い衝撃を受けた気がして、沈み込むのが止まった。
底に行き着いたのかと思った時
背中側から無数の手が伸びてくる。
それらが僕を雁字搦めにして底にさらに引き摺り込まれていく。
その手の中に見覚えのある指輪を見つけて僕はやっと会えたのだと振り返った。
そこには闇に漂うひとつの大きな眼がその目を見開き僕を見つめていただけだった。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
あちこちに散乱した肉片とすでに止んだ獣たちの宴。その肉は抉られどこにいったのか分からない有り様。
その宴の跡地の真ん中に生首がひとつ転がっている。
生首は目を閉じたまま。
周りの肉片が生首にかすかに光る線を浮かべて引き寄せ合う。
ずるずると動く肉片は足りないものを周囲の獣から補うように喰らって体積を増していく。これまでも近くのヒトや獣からそうしてきた。
飛び散った血も少しずつ合わさっていく。
ここまで細切れに広範囲に飛び散った身体は、上手く繋がらない。やがてその場にある最も魔力に満ちたものをも取り込み始めた。
そこからはすんなりと結合した。その場を埋め尽くすものを取り込んだのだ、その瞬間に一つになろうというもの。
トレントの残骸は蓄えていた魔力ごとその不死に取り込まれて再生する。狼も熊も鹿も豚もうさぎも小鳥もアリまでも、取り込み再生を始める。
それはもはや単一種のものではなくなり、新しい魔獣として現れた。
「グオオオオオオオオオンっ!」
地響きにも似た咆哮。枯れた樹皮のような岩肌のような皮膚にそのフォルムは豚か猪のようだが、脚は太いものや細いものまで無数に生えて横に繋がっており、ぜん動運動のように蠢く。
胴体の横からは前向きに腕が2本。極太のそれは関節などはなく、少し曲がったような形で存在しその先端にこれまた無数の人の手指。グネグネワキワキと絶え間なく動く様は見る者に底知れぬ嫌悪感を催す。
一歩が踏み出される。それはこの様な姿になってなお死ねない不死の男の意志がそうさせている。
僕はまた死ねなかった。この方角に願いを叶えてくれるものがあるなら、どうか僕を殺してくれ。
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