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「ごめん、待たせたかな」
不意に父・カイルの声が聞こえ、ロシェルは入り口の方へと顔を向けた。カイルは 珍しく時間通りに来てくれた。ロシェルはその事をとても嬉しく思い笑顔で父の元に駆け寄る。そしてそのまま勢い任せにカイルの体へと抱きつくと、父は抱擁を返してくれた。
「大丈夫。時間通りよ、父さん」
顔を上げ、カイルに向かい笑みを浮かべてそう告げると、彼はくしゃっとロシェルの髪を撫でた。
「良かった。どうも僕は時間感覚がみんなと違うから、時計を見る習慣が身に付かなくてダメだね。今日も……実は少し危なかったんだ」
「仕方ないわ、生きる時間が違うんだもん」
ロシェルはそう言うと苦笑してしまった。普段は感じぬが、父と自分の違いを少しだけ実感してしまったからだ。
「イレイラが管理してくれなかったら、僕はとっくにロシェルに嫌われてそうだな」
カイルは、本当に嫌われてしまっては嫌だなぁと思いながら、愛しい娘の頰をそっと撫でた。
「しっかり者の母さんで良かったわね」
「あぁ、僕の愛しい人だからね。素晴らしいのは当然だ」
誇らしげに微笑むカイルの様子を見て、ロシェルはまたぎゅっとカイルに抱きついた。母を愛している事を子供の前でも全く隠さないカイルの姿が、嬉しくて堪らないのだ。
「抱き締めてくれるのはとっても嬉しいけど、そろそろ始めなくていいのかい?ずっと楽しみにしていたんだろう?」
その言葉に、ロシェルは『そうだった!』と思い出し、ハッとした顔になった。
「そうね、そうだわ!」
ロシェルは踊り出しそうな程の様子でカイルから離れると、部屋の中心へと進み出た。両手を広げ、窓から差し込む少しの光に向かい微笑みかける。期待を隠せない様子はとても愛らしく、親心をくすぐるものだ。娘の喜ぶ姿に心が温かくなり、カイルも笑顔を浮かべた。
「じゃあ、早速準備をしようか。少し時間がかかるから、待っていてくれるかい?」
「えぇ、もちろん!ありがとう父さん」
お互いに微笑み合い、ロシェルは隅にあるソファーへ。カイルは腰から下げている小さな鞄へと手を掛けた。
床に膝をつき、司祭服姿のカイルが手にしたチョークで大理石の上に魔法陣を描き始める。ロシェルに頼まれた古代魔法を使う為にだ。妻・イレイラの転生した存在を呼ぶ為に使った古代魔法と同系の物だが、今日使うのは『使い魔の召喚』というとても限定的な用途の古代魔法だ。
この世界を創った遊び好きの神々が、遥か昔、異世界を旅して回った事があるらしい。その時、色々な世界で仲良くなった者達が各地にまだ残っていて、いつかまた逢う日をのんびり待っているらしい。その者達をこの世界へ招くのが『使い魔の召喚魔法』である。呼ばれた存在の了承を得られれば、その後は“使い魔”として側に居てくれる。断られた場合の事は古代文書の中には書かれていなかったが、災いの種になる様な要素は無さそうだったので、カイルは『使い魔が欲しいです』という娘の頼みに応じる事にした。
人間では古代魔法を使う事が出来ない。ロシェルは神子の血を引いてはいるが『人間』に分類されるので古代魔法は使えない。魔法を使うセンスには長けてはいても、こればかりはどうにもならない部分だった。
六芒星を部屋の中心部に描き、その周囲を囲む様に使い魔を呼ぶ為の古代文字と、同時発動させたい魔法を織り交ぜた術式と共に描き込む。この世界で苦労しない様に最低限必要な能力を与える為に。
描き終えた魔法陣を消さぬ様に注意をしながらカイルはその中に魔法具を慎重に並べていく。この為に作った手製の魔法具だ。これらを作る為の材料を揃えるのにかなりの時間がかかってしまい、ロシェルにお願い事をされてから三年も経過してしまった。カイルにとって三年など、普段なら秒にも等しい期間だが、娘にとっては違うとわかっていたので、この三年間は普段よりもとても長く感じた。
「……よし、出来た」
完成した魔法陣を前にしてカイルが満足気に頷く。それを見たロシェルは近くまで駆け寄って、「ありがとう!綺麗ね」とはしゃぎながら言った。
「前にも話したけど、どんな子が召喚されるかわからないから、過剰な期待をしてはいけないよ?」
「覚えているわ、大丈夫」
ロシェルがうカイルへ向かい、何度もうんうんと頷いた。
「ヘドロ系でも、スライムでも、虫だったとしても後悔はしないかい?」
その言葉に、ロシェルは「うっ」と短い声を洩らした。覚悟はしているつもりでも、はやり本心では可愛い子が来て欲しいのが乙女心だろう。
不自然なくらい大きな声があがった。その声を聞き、カイルが苦笑する。本心がダダ漏れだ。全く覚悟など出来ていない。
「わかってるなら、いいや。では……始めるから少し下がっていてね」
「はい」
ロシェルが頷き答える。少し下がって、祈る様な気持ちでカイルと部屋に描かれた魔法陣に目をやった。
ふぅと息を吐き出し、カイルが瞼を閉じる。彼が意識を魔法陣へ集中させると、魔力が光を帯びてその身から溢れ出して黒い髪がフワッと浮いた。発動させる為の呪文をカイルが口にすると、その言葉は音楽の様な音色を持ちながら部屋中を美しい響きで満たしていく。人では決して紡げぬ、聴き取ることも難解な言葉は耳にとても心地よく、二人の心を温める。
カイルはロシェルが聞き取れない事をいいことに、コッソリその呪文の中に『可愛い子を呼んで欲しいみたいですよ、父さん。孫の小さな我儘を聞いてあげてくれませんか?』と混ぜてみた。それにより失敗するかもしれないし、聞いてすらもらえていない可能性もあったが、ダメ元で。
(失敗したらその時だ。……また準備からやり直す事にはなるけれど)
失敗要素がありながらも、魔法陣は魔力と呪文、魔法具とに呼応して七色の眩い光を放つ。光はどんどん強くなっていき、小さな光も無数に溢れ出した。 配置されている魔法具がガタガタと今にも壊れてしまいそうな程震えている。魔法陣の中心部に強い光源が現れ、カイルの魔力をゴリゴリと削っていく。それを感じ『大丈夫、この魔法は成功だ』とカイルは確信して内心ほっとした。娘をガッカリさせなくてすみそうだとも。
より一層の強い光が部屋を包み、ロシェルが咄嗟に手で目元を隠した。失明しかねない程の光だったからだ。
締めの言葉をカイルが叫んだ。それと同時にゆっくりと光が消えていき、部屋の中は魔法陣から出る煙で溢れて中心部がよく見えない。
「……ん?」
カイルは嫌な予感がした。煙の中心部に薄っすらと見えるシルエットが予想外に大きいのだ。イレイラの転生後の存在を呼んだ時に感じた違和感に近い。が、それよりも更に大きい気がする。
チラッとロシェルの方へカイルが目をやると、彼女は期待に満ちた顔で煙が消え去るのを待っている。胸辺りで祈る様に手を組み、早く側に行きたくてとてもソワソワしていた。
煙が薄くなり、魔法陣の跡や魔法具が床から消えているのが見える。徐々に大きな塊が姿を現していき、カイルの不安がより深いものへとなっていった。
大きな大きな塊が、モゾッと動き、上体を起こしてゆるりと立ち上がる。
それを見て、カイルは絶句した。
『父さんのバカ!滅多にしないお願い事くらい聞いてよ!』と、叫びたい気持ちにカイルはなった。気持ちが焦る。やり直すべきか⁈いや、でもそうする為にはまずコレを帰還させねばならない。でも帰還魔法の準備などしてはいなかったし、準備にどれ位の期間がかかるのか今の彼では全く計算出来ない。焦っていた、たまのお願いも聞けない情けない父親になどなりたくなかったのに!
(また、イレイラに怒られる‼︎)
切実な問題と恐怖が目の前に迫り、カイルはその身を震わせた。