そんなカイルの横で、ロシェルは目を輝かせ続けている。 真っ白な煙が薄くなり、美しい魔法陣が描かれていた大理石の床が真っさらな状態になってしまった事に少しガッカリした気持ちになったが、徐々に見えるシルエットには心が躍る。思っていたよりもかなり大きいが、しっかりとした輪郭がある事からヘドロ系やスライム、昆虫の類では無いだろうと思えた。
カイルの不安や焦りなどには全く気が付かぬまま、ロシェルは上体を起こして立ち上がった塊に向かい近づいて行った。一歩、また一歩。近づくにつれ、煙は消えていく。そして ロシェルはその煙の中心に居た塊と目が合った瞬間、キラキラした眼差しのまま——
と大きな声で確信を持って叫んだ。
カイルは咄嗟に大声でつっこんだ。だがロシェルはそれを聞いていない。嬉しさで周りが見えていないし聞こえてもいない。
「素敵!父さんありがとう!」
彼女のその言葉に、大きな塊だった存在がビクッと震え、カイルはギョッとした顔をロシェルに向けた。当然だ、目の前に居る者はとてもじゃないが娘が好みそうな『可愛い』からは程遠いのだから。
ロシェルは召喚対象者に向かい、祈る様な姿で懇願したと思ったら、今度は
と即答するバリントンボイスが部屋に響いた。
カイルが二人に向かいそう叫んだのは当然の流れだった。
まず現状を理解しようと、三人はカイルの執務室へ移動する事にした。
あくまでもカイルは『使い魔を召喚』したのだ。『人間』が召喚されるのはそもそもおかしい。その理由を知る為、まずはこのクマみたいな男の話を聞かねばならないと考えた。
無言のまま執務室へ“彼”とロシェルを案内する。ロシェルの足取りはとても軽く、彼はソワソワとして落ち着かぬまま周囲を見渡している。現状を全く理解は出来ないが、だからといって騒ぎ喚いて大騒ぎする様なタイプでは無いようだ。これならば冷静に話を聞けるかもしれない。その事にカイルは少しだけ安堵した。
執務室のドアを開けて二人を入室させ、すぐに神官としてカイルに仕えているセナを呼び出し、飲み物の用意を頼んだ。
「まずはそちらへどうぞ」
カイルが彼を応接セットとして置かれているソファーに座る様促す。男が座った事を確認すると、カイルも対面のソファーに腰掛け、その隣にロシェルが座った。
軽く咳払いをし、カイルはまず自己紹介をする事にした。
「初めまして。私の名はカイル。この子は娘のロシェルだ。それで……貴方は?」
「……お、私はカルサール王国騎士団長シド・レイナードと申します。名乗ったばかりでいきなり本題に入る事の失礼を承知でお訊きしますが、何が起きたのか説明してもらえませんか?」
レイナードは即座に本題に入った。森に居たはずなのに、周囲が歪んだと思ったら、次の瞬間には部屋の中へと移動していたのだ。理由を知りたいと思うのが普通だろう。
「それが……言いにくいんだけどね、僕もよくわかっていないんだ」
カイルは困惑する気持ちを隠さずに言った。
「僕はね、異世界から『使い魔』を呼ぶ古代魔法を使ったんだ。レイナード、君は……『使い魔』なのかい?」
使い魔では無いとわかってはいるが、万が一という事もあるかもしれない。人間に見えるが、異世界ではこの姿はクマ……という事が天文学的な数値であり得るのかもと、カイルは一応確かめた。
「……?」
レイナードはカイルの言葉が微塵も理解出来なかった。知らない言葉ばかりで、何を訊かれたのかすらまずわからない。眉間に皺がより、険しい顔がより険しいものになる。
「……そうか、うん」
(どうやら、違うみたいだね)
カイルはそう察し、『じゃあ何故彼が召喚されてしまったんだ?どうした事だろうか』と頭を傾げた。失敗した感じでは無かったのに。
どちらも理由がわからないまま唸っていると、ロシェルが口を開いた。
「えっと……まずは互いの事を話しませんか?嫌いな物はあります?何とお呼びしたらいいかしら?使い魔になってくださるのなら、シドと名前で呼んでも良いですか?」
鈴を転がす様な声でロシェルがレイナードへ声をかける。だが、レイナードは「えっと……」と声を詰まらせて顔を赤らめただけで、返答に困っているみたいだ。
「ロシェル、使い魔の件は少し待って」
カイルがロシェルの扱いに困っていると、ドアをノックしてセナがお茶を乗せたワゴンを運んで来た。それらをテーブルに並べ、挨拶をして部屋を去ってしまう。カイルはセナにもこの場に残ってもらい相談したいと一瞬考えたが、古代魔法の事をよく知らぬセナに質問しても仕方がないとすぐに諦めた。
ただの人間が『使い魔』として召喚されるはずが無い。じゃあ何故彼が?もう一度古代文書を読み返してみた方がいいだろうか?——などとカイルが頭を悩ませていると、不意にレイナードの首に巻き付いていたファーがもそっと動き出した。
「起きたのか?」
動き出したファーに向かい、レナードが声をかける。それを見て、カイルは目を見開いた。今のこの出来事で彼の中で『答え』が出たのだ。
(彼は、巻き込まれたのか!)
動き出した物体のおかげで、カイルは一瞬にしてこの状況の全てを理解した。
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