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電子申請で離職票を発行してもらうには、早くて翌日、遅くて三日から一週間かかる。
だから、至急の場合はハローワークに直接申請する。そうすると、その場で発行してもらえるのだ。
今回のように、今週中、つまり金曜日である明日中に離職票を受け取りたいとなると、今日中に発行してもらい、今日中に発送しなければならない。
つまり、超特急で窓口申請用の離職票を作成し、午後四時までにハローワークに駆け込み、発行してもらい、持ち帰って必要書類と一緒に本人宛に郵送するのだ。
西尾さんが離職票を作成してくれている間に、私は発送準備をする。離職票を入れるだけで封ができるように。
寺田くんは鳴った電話を取った。
終業時間は午後五時半。
甘いものが食べたい……。
私は社内のシステムを開き、社用車の空き状況を確認し、社用車使用届と外勤届を送った。
さすが西尾さんだ。
二十分ほどで離職票を作成し、私はそれを持って走り出した。
ハローワークまでは車で十五分程度だが、普段運転しない私は駐車に時間がかかる。
それを考えると、ギリギリの時間。
しかも、よりにもよってこんな時に、エレベーターがメンテナンスのために一階止まり。駐車場は地下だ。
私はエレベーターを降りると、正面の非常階段に続く重い扉を開けた。が、いつものことながらとにかく重くてすんなり開かない。
足を踏ん張って身体で押し開けようとした時、フッと扉が軽くなった。
弾みで身体が扉の向こうに投げ出される。
「わっ!」
「危ない!」
コケるっ! と覚悟して目を閉じた瞬間、足が僅かに浮いた。ということは、身体が浮いたということだ。
目を開けた時には、両足は床についていた。
「大丈夫?」
あ、いい声……。
背後から、しかも耳元で囁かれ、ハッとした。
察するに、扉を開けてくれた誰かが、転びそうになった私を背後から抱き留めてくれたらしい。
そうでなければ、私の腰に巻き付いた腕と、背中に感じる温もりの説明がつかない。
「ありがとうございます!」
私は自分の足で一歩前に出た。
腰から腕が解かれる。
クルッと振り返り、頭を下げた。
「助けていただき、ありがとうございます。急ぎますので、失礼します」
視界に入った程よく艶のあるビジネスシューズに、偉い方の人かも、なんて思った。
だが、今は顔を上げてそれを確かめている時間はない。
「ありがとうございました!」
私は回れ右をすると、階段を駆け下りた。
「あっ――! ちょ、きみ!」
背後で呼ばれたような気がしたが、振り返っている時間はない。本当にないのだ。
私は駐車場に出る重い扉を、今度こそ体当たり同然で押し開け、社用車に乗り込んだ。
三回深呼吸して、呼吸も気持ちも落ち着けて、ハローワークへと発進させた。
四時三分前に窓口にたどり着いた私は、思いっきり迷惑そうな顔をされながらも、離職手続きを終えた。
回送のバスとバスの間に挟まれて泣きそうになりながら会社に戻った私は、ロビーで寺田くんに元気に「お帰りなさい! お先に失礼します!!」と手を振られた。
明日の朝、合コン用のシャツに醤油を飛ばしてしまえ! と思ったような、思わなかったような。
私は総務に車の鍵を返し、自分の机に用意してあった封筒に出来立てほやほやの書類を入れて、封をした。
記録簿を入力して、パソコンの電源を落とした私は、首を前後左右に曲げて大きく息を吐き、封筒を持って会社を出た。
駅とは反対方向に歩いて五分の場所にある郵便局の時間外窓口で、封筒が明日届くかを確認し、そのまま渡した。
これにて、本日の業務は全て完了。
今日は朝からバタバタしたせいで、疲れ切っていた。
まだ、明日も仕事だと言うのに。
「甘いものー……」
甘いものが大好きな私は、物心ついた時からぽっちゃり体形。
身長百六十センチで服のサイズはL時々LL。
夜ご飯のメニューを考えつつも、視線はカフェの看板に釘付け。
生クリームたっぷりのパンケーキ。
クリームに押し潰されて、パンケーキのお姿が見えないほど。
美味しそう……。
だが! だが、しかし!!
午後六時を過ぎてこの糖質の凶器を摂取するということは、私の体内が魔の巣窟へと蝕まれてしまうのは明らか。
だめよ、だめだめ!
夏は目前。
二の腕を出すのが恥ずかしくて五分丈袖を貫いた去年は、夏の終わりになって、中途半端に隠す方がかえって太く見えると知り、恥ずかしさのあまり、Excellent《我が社》の最高傑作である『レベル999パフェ』を平らげてしまった。
因みに、『レベル999パフェ』の『999』は、カロリーと価格を意味している。
このパフェにはチョコ、ストロベリー、抹茶の三種類があるのだが、どれも999キロカロリーになるようにトッピングが違う。
そのお姿を目にした時、そのお姿を崩さぬようにスプーンを差し入れた時、次々と現れる刺客を倒し、最下層を目指している時は至福の瞬間《とき》だが、レベル999の恐怖はその御身を完膚なきまでに叩きのめした瞬間に思い知る。
999キロカロリーを摂取してしまった――。
カロリーだけに気を取られてはいけない。
糖質や脂質に関しては、もはや未知数。
幸せと絶望は背中合わせだということを、改めて思い知るのだ。
思い知ったはずなのに、私は一年前の自らの誕生日にも、999キロカロリーを摂取した。
『誕生日くらいいーじゃん』なんて、全く嬉しくない恩赦を自らに与え、季節限定のキャラメル味を食べたのだ。
五着に一着の割合で含まれていたLLサイズの服が、今では三着に一着と勢力を強めている。
このままでは、LL時々Lになってしまう。
それだけは、避けたい。
それに、今年は袖口が広めの半袖を着たい。
その為にも、パンケーキの魔力を跳ね返す呪文を唱えなければ。