テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

鍵が閉まったことを、三度ほど指で確認した。

ドアノブを握り締める手に、感覚が戻らない。骨だけが冷たい鉄に沈んでいくようで、握ったまま、何秒も動けなかった。

静かだった。

外から聞こえる声はもう遠くて、教室のざわめきも、あいつらの笑い声も、もう関係なかった。関係なくなったはずだった。


――逃げてきた。逃げ場に。


自分の部屋。学校じゃない。家でもない。

この狭い、誰もいない空間だけが、「何もされない」唯一の場所だった。

けれど、今日は違った。違っていた。

あの視線の中で、“壊れていく自分”を、笑われる自分を、映されて、刻まれて、言葉にされて、それが「正しさ」になって――

あいつらの声が、自分の言葉よりも先に口の中に溜まっていった。

飲み込んだのは、自分だったはずなのに、気づけば喉はひび割れていた。

誰もいないはずの部屋の中で、遥はふいに、笑った。


壊れた音だった。

喉がちぎれるほどの叫びを、声にできなかった代わりに、笑った。

唇がつるりと乾いて、歪んで、戻らなかった。


「……っ、く……あはっ……なに、それ……俺……なに……?」


わからなかった。自分の声が、誰のものかわからなかった。

腹の奥が反応していた。

教室で晒されたときの感覚。あの椅子に縛り付けられて、正しさとして踏みにじられた時の熱。

思い出したくなかった。けど、もう体の方が先に覚えていた。


逃げたかった。ここからも。

けど、もうどこにもない。逃げる先なんて。

ただただ、床に崩れて、喉の奥を噛みしめた。歯がぶつかって血の味がした。

痛かった。けど、痛みは輪郭を与えてくれた。今ここにいる“俺”を、なんとか保たせてくれた。


それすらも、もうすぐ剥がれるだろう。

明日はまた、“あの時間”がくる。制度の中で、あいつらの正しさで、

「これが遥なんだ」と、決めつけられて――

他人の言葉で、自分が決まっていく。

笑われながら、触れられながら、記録されながら。


鏡に映った顔を見た。

濁っていた。どこかで見た顔だった。

あれは、きっと――

もうどうでもいい。


壁にもたれて、動けなくなったまま、ただひとつの願いだけが、喉の奥で濁ったまま膨らんでいた。


「……消えたいとかじゃ、ないんだよ……」


掠れた声が、誰にも届かない部屋に落ちた。

ただ、もう――

「戻れない」が怖かった。

自分が、自分に戻れないことだけが。



無名の灯 番外編

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

4

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚