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「うわぁぁあ! やめて、やめてください! 殺さないでっ!」
隣で縛り付けられた少年が、喉を掻き切らんばかりに叫んでいる。
処刑台の上。僕らの手首を繋ぐ鉄の手錠が、冷たく、重い。
顔を上げれば、そこには『観客』がいた。
この国のお偉いさんの部下たち。その家族。それに昨日まで隣で笑っていたはずの連中が、今は僕らの死を期待して、目を輝かせている。寝返ったのか。
「おい、見ろよ。あのガキ、漏らしてやがるぜ!」
「汚ねぇ、同じ人間とは思えないな!」
「いいぞ! 反逆者の末路を見せてやれ!」
観衆が叫んでる。
……反逆? そんな大層なこと、一度だってした覚えはない。
この街の領主が、国のもっと偉い奴の機嫌を損ねた。
だから、見せしめに僕らが殺される。
「ハッハッハァ! 素晴らしい! この恐怖こそが秩序だ! 私に逆らった罪を、その命で償うがいい!」
壇上で、お偉いさんが脂ぎった顔で悦に浸っている。
……最低だ。
あんたらの、ただのくだらない喧嘩だろ。
僕らには一ミリも関係ないのに。
「助けて……助けてください……っ!」
隣の少年が、地面に額を擦りつけて泣き叫ぶ。
お偉いさんは、それを見て楽しそうに銃口を下げた。
「ほう。助かりたいか? ……いいだろう、慈悲をやる。問題だ」
お偉いさんは脂ぎった指を一本立てた。
「この国で、一番偉いのは誰だ?」
「そ、それは……あなた様です! あなた様が一番ですっ!」
少年が必死に、縋るように叫ぶ。
だが、お偉いさんは冷酷に口角を歪めた。
「ブッブー。正解は『私を怒らせた、あの領主』だ。……あいつさえいなければ、私はこんな面倒な処刑をしなくて済んだ。よって、不正解」
「え……あ、あぁ……っ」
「生きる価値なし。死んで詫びろ」
――バァアンッ!
鼓膜を震わせる爆音。
さっきまで命乞いをしていた少年はもういない。
代わりに、生暖かい血が僕の頬を汚した。
少年が最後に何を言おうとしたのか、もう誰にもわからない。
「ハッハッハァ! どうだ、クズめ! 次は貴様の番だ!」
お偉いさんが、硝煙の漂う銃口を僕の眉間に押し付けてくる。
脂ぎった顔が近づき、腐った肉のような吐息が鼻を突いた。
「その空っぽな脳みそ、綺麗にぶちまけてやるよぉ!」
観衆が沸いている。指が引き金にかかる。
……あぁ、本当に。
「あんた、最低だよ。人間じゃない。……ただの怪物(モンスター)だ」
――バァアンッ!
その瞬間世界から音が消えた。
ドクン、と心臓が跳ねる。
熱い。脳が沸騰する。
――脳の制限、解除(リミッターカット)
100%……110%……120%
景色が、色を失い、静止した。
お偉いさんの醜い笑い顔も、飛び散った少年の血飛沫も、空間に固定された写真のように止まっている。
「……あーあ。本当に、お別れなんだな」
昨日の自分。弱かった自分。
ただの人間だった「昨日」が、砂のように崩れていく。
爆音と共に、弾丸が僕の眉間を貫く。
だが――お偉いさんの脂ぎった顔から、笑みが凍りついた。
江藤ルミエール
892
#鬱展開
わっふる
159
#恋愛
ばたっちゅ
19,214
874
「な、に……っ!?」
お偉いさんの震える声が、処刑台に響く。
彼は狂ったように、何度も、何度も引き金を引いた。
「ヒュン、ヒュンッ」と虚しく空を切る音。
弾丸はすべて僕の体を透過し、背後の石畳を無残に削るだけだ。
「当たっている……当たっているはずだ! なぜ死なない! なぜ血が出ないっ!」
観衆のどよめきが、一瞬で「恐怖」に塗り替えられた。
「嘘だろ……一発も当たってねぇのか……?」
「おかしいよ、あのガキ、透けてるみたいだ……」
「――おい、見ろ! 影……じゃねぇか!? あの人は影を撃ってるんだ! だって、あいつは……あいつはもう、お偉いさんの後ろに立ってるじゃないか!」
「…ああ、なんだこれ」
思考の回転が速すぎて、周りの景色がドロドロの泥水みたいに停滞している。
お偉いさんの驚愕に歪んだ顔も、一粒ずつ宙を舞う硝煙も、今の僕には手に取るようにわかる。
驚き。戸惑い。
……いや、そんなものは一瞬で消えた。
今の僕は、なんだってできる。
このクソみたいな処刑台を、街を、国家を。
その気になれば、今ここでひっくり返してやれる。
熱い。脳が焼き切れそうなほどにハイだ。
目の前で震えている「怪物」を、一刻も早く黙らせてやりたい。
僕は、背後に立っていた護衛の部下へ、視線すら向けずに手を伸ばした。
スローモーションの世界で、男の腕からショットガンを「ひったくる」ように奪い取る。
「あ……が……っ」
男が声を上げる暇さえ与えない。
手の中に収まった重厚な鉄の感触。
僕は、迷いなく銃口を、お偉いさんの後頭部へと突きつけた。
「さっきはどうも。……このまま、あんたの腐った脳みそ、ぶち抜いてあげますよ」
「や、やめてくれ! 頼む、謝る! 金ならいくらでも出す、助けてくれっ!」
「……じゃあ、チャンスをあげます。問題。――この国で、一番強いのは誰だ?」
お偉いさんは、ガチガチと歯を鳴らしながら、必死に僕を見上げた。
「あ、あんただっ! あんたが一番強い! 世界で一番強い!!」
「ピンポーン。大正解」
僕は、三人の自分が重なった指で、同時に引き金を引いた。
「でも、あんたは生きる価値なし。……さよなら」
「えっ――」
――ドォォォオオォォォォォンッ!!!
一発の銃声。だが、放たれたのは三人分の殺意。
お偉いさんの頭部は、弾ける暇さえなく蒸発した。
それどころか、背後の処刑台、そして観衆を隔てていた鉄柵までもが、巨大な暴力に飲み込まれて消滅した。
硝煙が立ち込める中、僕は処刑台の上から観衆を見下ろした。
誰もが、口を半開きにして震えている。
恐怖。絶望。あるいは、理解不能なものへの忌避。
あぁ。その顔。
……さっきまでの僕と、そっくりだ。