テラーノベル
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僕はゆっくりと、血の海と化した処刑台を降りた。
波が引くように観衆が割れる。誰一人として、僕と目を合わせようとする者はいない。
僕は、腰を抜かして震えているお偉いさんの部下の一人に、歩み寄った。
「……あいつの部下ですよね、あなた。組織の場所を教えてください」
「な、なぜ……それを……っ」
「決まっているでしょう。あんなゴミをトップに頂く組織なんて、存在する価値がない」
僕は部下の喉元を掴み、軽く持ち上げた。
鋼鉄のように硬い僕の指に、男の顔が絶望で歪む。
「……掃除しに行くんですよ。わかりますか? さっきとは立場が逆転してる。今度は僕が、あんたたちを『処刑』する番だ」
自分のような弱者が、理不尽に怯えなくていい世界に変える。
そのためなら、僕は喜んで『怪物』に
なってやる。
「……場所は分かりました。ご協力ありがとうございます」
僕は男の手を離すと、そのまま夜の闇へ一歩踏み出しだした。
「……試してみるか。あの処刑台での感覚が本物なら。数秒後、数分後の『僕』が、既にあそこに立っているのなら」
脳が120%の熱を帯びて回転を始める。
視界が歪み、モノクロの残像が夜の街を駆け抜けていくのが見えた。
目的のビルの前に到達している『僕』の姿。
僕は、その不確かな影に、今の肉体を無理やり「同期(重ね)」させた。
――ガリッ、と世界が軋むような感覚。
まばたきを一つする間に、景色は数百メートル後方へと置き去りにされていた。
僕は、重厚な鉄扉の前に立ち、月明かりに照らされた自分の手を見つめる。
「……あぁ、本当に。僕はもう、人間じゃないんだな」
ノックをするつもりはなかった。
僕は拳を固め、目の前の重厚な鉄扉を、ただの「障害物」として殴りつけた。
ドォォォンッ! と、腹に響く衝撃音。
数トンの重さがあるはずの扉が、紙細工のように無惨に折れ曲がり、室内へと吹き飛んだ。
室内にいた男たちが、一斉にこちらを向く。
「皆さーん。殺しに来ました。……面倒なので、順番に並んでください」
静かな宣言に、男たちが弾かれたように銃を抜く。
無数の銃声が狭い事務所に反響し、火花が散る。
バァン、バァン! と、拳銃の弾丸が僕の胸を叩く。だが、皮膚すら貫通せずに床へ転がった。
焦った男たちがライフルやショットガンを手に取り、狂ったように火を噴かせる。
今度は、肉を貫く感覚があった。
だが、痛みはない。熱いだけだ。
僕の体を貫いた弾丸の跡から、肉がドクドクと泡立ち、一瞬で傷口を塞いでいく。
「あ……が……化け物……っ!」
僕は、血を滴らせることもなく、一歩、また一歩と「クズ」たちの輪へと踏み込んだ。
「もう終わり?」
僕は、奪い取ったショットガンを無造作に構えた。
引き金に指をかけ、脳の熱をさらに一段、引き上げる。
「……逃げても無駄ですよ。今の僕からは。」
瞬間。
僕の左右に、ブレた映像のような『影』が実体化した。
一人は数秒前の僕。
一人は数秒後の僕。
三人の僕が、驚愕に目を見開くクズどもを三角形に包囲する。
逃げ場はない。射線は完全に重なっている。
「バイバイ。」
――ドガァァァンッ!!!
三挺の銃口が同時に火を噴いた。
凄まじい衝撃波が室内の空気を跳ね飛ばし、クズどもの悲鳴さえも一瞬でかき消す。
肉を穿ち、骨を砕き、背後の壁までをもハニカム構造のように削り取る、圧倒的な鉛の暴風。
硝煙が晴れたとき、そこに「動くもの」はもう何もなかった。
僕は、残像が消えて一人に戻った自分の手を見つめる。
返り血で汚れた袖を不快そうに払い、一度も振り返ることなく、崩壊した事務所を後にした。
夜の街のあちこちで、巨大なモニターが、僕がたった今しがた引き起こした『惨劇』を映し出していた。
『――速報です。本日午後、第七処刑場で発生した正体不明の爆発および大量殺害事件について、新たな映像が入りました』
無機質なアナウンサーの声が、夜風に乗って響く。
画面には、炎上する処刑台と、腰を抜かして震える観衆たちの姿。
『犯人は現在も逃走中。目撃者の証言によると、犯人は十代後半と見られる少年で――』
その映像を、場所も立場も違う「怪物」たちが、それぞれの視線で見つめていた。
◆
青白いライトが照らす、窓のない一室。
壁一面に並んだモニターには、燃え盛る処刑場の惨状が繰り返し映し出されていた。
「信じられん……。薬物投与も、脳への電極処置もなしに、自力で脳の120%を解放したというのか」
一人の研究員が、震える指でモニターの数値を指し示した。
「我々がどれほどの年月と、どれほどの『検体』を犠牲にして、ようやく辿り着いた領域だと思っている。……我々の技術なしに、人間が人間を超えるなど、あってはならないことだ」
リーダーの男は、冷ややかな目で水槽を見つめる。
「認めん。あんなものは、ただのバグだ…。我々が作り出す改造人間で奴を否定する。」
リーダーの男は、冷笑を浮かべてモニターを消した。
◆
鳴り止まない拍手。眩しすぎるスポットライト。
俺は、国民的なスーパースターとして、今日も完璧だ。
運動神経抜群、頭脳明晰。俺はこの世界の全てを持っている。
「さすがだアレン君、君こそがこの国の至宝、最高傑作だよ!」
楽屋に戻れば、大人たちが俺の機嫌を伺い、甘い言葉を並べ立てる。
だが、俺の心は一瞬で冷めきった。モニターに流れる『ニュース映像』を見た、その瞬間に。
「…なんだ、あいつは」
楽屋のモニターに映る、正体不明の少年。
すべてを壊し、世界中の視線を一瞬で奪い去った「ならず者」。
俺がこれまでの人生を捧げ、完璧なパフォーマンスを積み上げて、ようやく手に入れた「注目」を。
あいつはたった数分、暴力と破壊を撒き散らしただけで、あっさりと塗り替えてしまった。
「許せない、絶対に…。」
内側からドロドロとした嫉妬がせり上がってくる。
俺以外の誰かが、俺よりも「特別な存在」として語られることなんて、一秒だって我慢できない。
「……国家防衛局の連中に、繋げ」
俺は楽屋のドアを荒々しく開けた。
マネージャーが驚いて声を上げるが、一瞥もくれない。
「あいつを殺すのは俺だ。……あいつに集まっている視線も、恐怖も、絶望も。全部俺が奪い返してやる」
俺は戦争のために改造人間を作っていると噂の研究所へと乗り込み、研究員たちに言い放った。
「俺を改造しろ。あいつを凌駕する『最強』に。……世界で一番目立つのは、いつだって俺一人でいい」
◆
その夜。
あるビルの最上階で、女が「血」を揺らしながら夜景を見下ろした。
無機質な監獄の奥で、死刑囚が、静かに目を見開いた。
暗い路地裏で、ストーカーが誰かの「恐怖」を啜って、愛おしそうに微笑んだ。
それぞれが、それぞれの絶望と欲望を抱えて、怪物たちが産声を上げる。
国家転覆。
それはまだ、
ほんの序章に過ぎなかった。
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