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#勧善懲悪
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ズジが見つけた書き込みは、古い匿名掲示板の隅に埋もれていた。投稿者名はなく、日付も曖昧だ。けれど文体だけが妙にはっきりしている。
誰も幸せにならない恋は、いちばん高く売れる。
その一文を、全員で黙って見た。
「売れる、って言い方」
エリアが顔をしかめる。
「本当に商品だと思ってるんだ」
「最初からそうなんだろうね」
ズジは画面を下へ送った。
「この後もずっと、似た相談に同じ返信がついてる。秘密を握れ、弱みを作れ、先に泣いた方が負けるって」
キオノフが珍しく笑わなかった。
「恋って、そんな競技だったかな」
「少なくとも私は参加したくない」
マイナが即答する。
ジュレイは画面へ身を乗り出した。
「言い回しが営業資料に近い。感情の話に見せて、取引の言葉で誘導してる」
「しかも、恋の悩みは一番口外されたくない」
サペが言う。
「だから、脅しやすい」
黒い名刺は、恋をかなえるふりをして、恋そのものを壊す。壊れた後に残る噂や羞恥や諦めまで、全部まとめて利益に変える。
ひどい仕組みだ。けれど、だからこそ効くのだと分かってしまう。
カレルがぽつりとつぶやいた。
「私、相手の人に会ったの。一回だけ」
「どうだった」
サペが聞く。
「優しかった。だから余計、だめだと思った。あの人は私を見てなくて、その先にいる誰かを見てたから」
誰かの代わりになる苦しさは、恋の形をしていても、長く続けば傷になる。
エリアはカレルの前にしゃがみ込んだ。
「それ、ちゃんと痛かったでしょ」
「……うん」
「じゃあ、もう十分」
その時、工房の電話が鳴った。古い黒電話が、やけに大きく響く。
取ったのはマイナだった。短く受け答えした後、受話器を置く。
「相談窓口の契約書、手に入りそう」
「誰から」
「ジュレイの知り合いの事務員。写しだけなら見せられるって」
「助かる」
ジュレイは立ち上がった。
「文言を見れば、どこまで違法に踏み込んでるか分かる」
ズジは最後にもう一度、掲示板の一文を見た。
誰も幸せにならない恋。
その言葉の冷たさが、妙に頭に残る。
まるで誰かが、昔それで本当に失敗したことがあるみたいに。