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昼休みが終わる少し前。
教室の中は、妙に静かだった。
チョークの粉の匂いと、窓の外から聞こえる運動部の声。
それ以外、何もない。
その静けさが、妙にざわついて感じる。
椅子の脚が床を引きずる音でさえ、
自分の存在を試すみたいに響いていた。
「……教室、苦手なんだよね」
机に肘をつきながら、相談者は呟いた。
声が小さくて、空気に吸い込まれる。
「静かになるとさ、誰かが笑っただけで、
“自分のことかも”って思っちゃうんだ。
頭では違うってわかってるのに、
心が勝手に反応するっていうか……」
蓮司はペンを指で回していた。
落ち着いた視線で、特に何も言わない。
けれど、聞いていないわけじゃない。
その“間”が、やけに優しかった。
「笑い声とか、ヒソヒソ話とか。
全部、自分に向いてる気がする。
あの空気、どうしても慣れない。
“何もされてない”はずなのに、
心だけがずっと傷ついてる感じ」
沈黙が落ちる。
遠くでチャイムの予鈴が鳴った。
薄いガラス越しに、光が机を斜めに照らす。
蓮司はペンを止め、少しだけ息を吐く。
「……わかる。ああいう静けさって、
“安心のない静けさ”だよな」
「安心の、ない?」
相談者が顔を上げる。
「うん。ほんとは静かって、落ち着くはずなのに、
そこに“自分の居場所”がないと、
ただの空白にしかならない。
だから音が怖くなる。笑い声も、名前呼ぶ声も、
全部、“違う世界の音”に聞こえる」
相談者はしばらく黙っていた。
指先が小さく震えているのが見えた。
やがて、かすれた声で言う。
「……そうかも。
静けさの中に、自分だけ取り残されてる気がするんだ」
蓮司は目を細めた。
「でもな、教室ってさ、あんなに人がいるのに、
本気で誰かのことを見てる奴なんて、案外少ねぇ。
みんな、自分のことで精一杯だよ」
「……それ、慰め?」
「いや、事実」
蓮司は少し笑った。
「だからな。
お前が怖いって思ってるその時間も、
誰かにとってはただの“昼休み”なんだ。
……それなら、自分のペースで息していい」
チャイムが鳴った。
生徒たちの声が一斉に戻ってくる。
騒がしいはずなのに、
なぜかその喧騒が、少しだけ優しく聞こえた。