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窓の外で、夕焼けが沈みかけていた。薄暗い光が相談室の中に流れ込み、机の上に長い影を落とす。
ドアが静かに開いて、一人の少女が入ってきた。
制服の袖を握りしめたまま、声を出すのにも少し時間がかかっていた。
「……話、聞いてくれますか」
蓮司はペンを回す手を止め、軽く頷いた。
「座れ」
少女は机の向かいに腰を下ろした。目の下のクマが薄く見える。
どこか遠くを見ているような、焦点の合わない瞳だった。
「最近……消えたいって思うことが多くて」
声は小さく、震えていた。
「でも、死にたいわけじゃないんです。ただ……止まりたい。全部」
蓮司は腕を組み、しばらく黙っていた。
窓の外では、グラウンドの端に立つカラスが一羽、静かに羽を震わせている。
「止まりたい、ね」
「はい。
朝起きても、息するのもしんどくて……
誰かに“頑張れ”って言われると、胸が潰れそうになるんです。
頑張れない自分がダメなんだって、また責めちゃって」
言葉を吐くたびに、少女の声はか細くなっていった。
蓮司はゆっくりと息を吸い、机に視線を落とした。
「“頑張れ”って、便利な言葉だよな。
言う側も、受け取る側も、何かした気になれる。
でも本当は、ただの“音”みたいなもんだ」
少女が顔を上げた。
「音……ですか?」
「そう。
“頑張れ”って言葉に意味を持たせるのは、自分の中にある余力だ。
今、その余力がもう残ってないなら、音にしか聞こえない。
無理もねぇよ」
少女の目に、少しずつ水が滲んでいく。
「……みんな、普通に頑張ってるのに。私だけ止まってる気がして」
蓮司は首をかしげた。
「止まってることを、自分で分かってる時点で、まだ動ける証拠だ。
本当に限界のときは、止まってることすら分からなくなる」
「でも……」
「でもじゃない」
蓮司は穏やかに遮った。
「お前が立ち止まるのは、負けじゃない。
息が詰まってるのに、走り続けるほうがよっぽど危ねぇ」
少女の肩が、かすかに震えた。
それが涙か、安堵か、本人にも分からないまま。
「……休んでいいんですか」
「当たり前だろ。
止まることと、終わることは違う」
夕陽が完全に沈む。
相談室の中には、残り火のような光だけが漂っていた。
蓮司は立ち上がり、窓を少しだけ開けた。
冷たい風が流れ込み、カーテンがゆるやかに揺れる。
「お前が息してるだけで、ちゃんと今日を生きてる。
それ以上の証明なんて、いらねぇよ」
少女は俯いたまま、小さく頷いた。
涙が机の上に一滴、静かに落ちた。
蓮司はその音に何も言わず、ただ、ペンを指の間で回した。
沈黙の中に、やさしい現実だけが、確かにあった。