テラーノベル
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その頃、ヴァルクはセリッテ・ガーデンにかかる橋の下の濃い影の中に身を潜めていた。湿った石壁に背を預け、端末を取り出す。
「マラー補佐官。ラッセルが週刊レガリアの記者カザンと接触しました。……スメラの私用車の件も知られたようです。後を付けられましたが、今はセリッテ・ガーデンに身を潜めています」
端末の奥から、冷徹な声が響く。
「承知した。……応援を送る。奴らをその場で処分せよ」
判決のような言葉に、一切の情はなかった。
「かしこまりました」
ヴァルクの声に迷いはない。端末を閉じる仕草すら規律に従う兵士のように正確だった。
ヴァルクは霧深い闇へと溶け、気配すら跡形もなく消えた。
ヴァルクを追ってきた二人は鉄門を押し開き、音を立てぬように園内へ踏み込んだ。崩れた噴水には藻が張りつき、石畳の隙間からは雑草が繁茂している。夜風が吹き抜けるたびに、乾いた花壇の柵がぎしぎしと鳴り、誰もいないはずの庭に、亡霊の気配を残していた。園内は赤い霧に覆われ闇と不気味に同化していた。やがて、ツタの植物に覆われた古びたレンガの東屋に辿り着く。
「妙だな……」
ラッセルが囁いた。
「風の匂いが、……鉄と硝煙の匂いに混じっている」
カザンも息を潜め、耳を澄ます。
遠くで何かが石を踏みしめたような、かすかな音。
気味な沈黙の中、その音だけが異様に鮮明に響いた。
「ラッセル、……誰か、いる」
その瞬間、闇の奥から閃光が走り、耳をつんざく炸裂音が東屋を切り裂いた。
「伏せろッ!」
ラッセルがカザンを突き飛ばす。
頭上の煉瓦壁が弾丸に砕かれ、破片が雨のように降り注いだ。
次いで、影の中から武装した数名が雪崩れ込んでくる。
ヴァルク・デリンが先頭に立ち、短剣を抜いて冷ややかに笑った。
「ようこそ、英雄様。ここがお前たちの墓場だ!」
月明かりを背にしたヴァルクの目は、獲物を狙う獣のように冷たい。
「やはり、つけてきたか。流石だ、ラッセル大佐」
「……ヴァルク。お前、軍を退いた後に私的警護員として働いていると聞いたが、誰に命じられたのだ!」
「回答を拒否する。主の命令に従う。ただそれだけだ。俺の方がお前より力も技術もあるのに、王族に媚びを売ったお前が昇進。全く、国王は見る目がない!」
奇妙な笑みを浮かべ、短剣を構える。
「勝負だ、ラッセル!」
ラッセルは歯を食いしばり、腰のブレードを抜いた。
「上等だ……カザン、おれがこいつらを食い止める。ここから離れて逃げろ!」
「で、でも俺は……」
「取材がしたいなら生き延びろ! 俺の背を守るな。すぐに後方へ退け!」
#恋愛
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桜城
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#ファンタジー
comi
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ザンが後退し、逃げようとした瞬間、
群衆に紛れていた複数の刺客が回り込み、彼の腕を掴み拘束した。
「――っ!」
もみ合う中で、カザンの外套のポケットから丸い金属筒が転がり落ちた。
(これは、閃光弾!)
カザンの目が見開く。だが、腕を押さえ込まれて拾えない。歯を食いしばり、全身を捻る。
(安全ピンが外れさえすれば助かる。……頼む、俺の足、器用に動いてくれ!)
「こいつも粛清対象だ! 殺せ!」
ヴァルクがためらいもなく冷淡に命じる。
鋼の刃が鈍く光り、カザンの喉元へ迫った。
「カザン!!」
ラッセルの叫びが夜気を震わせる。
「ラッセル、目をつぶれッ!」
カザンは全身の力を両足に込め、閃光弾を踏みつけた。
――刹那、白い光が弾けた。
――閃光。
爆ぜた白光が廃園を呑み込み、空気そのものを焼き尽くすかのように炸裂する。
「ぐあっ!」
「目が……ッ!」
刺客たちは呻き声を上げ、視界を奪われてよろめいた。
影のように滑り込んできた刺客も、光の奔流に弾かれ、武器を取り落とす。
その隙を突き、カザンは瓦礫の裏へ転がり込む。
胸を荒く上下させながら、必死に息を繋いだ。
「よくやった、カザン」
ラッセルは呟き、剣を抜き放つ。
「これ以上、カザンを危険な目に逢わせてたまるか!」
その瞬間、剣の柄に埋め込まれたエルフエナジー鉱石が脈動し、剣からも閃光を放った。
風がざわめき、周囲の枯葉が渦を巻く。
刀身から光る翠色の光は、まるで、彼のカザンを護る意志に呼応するようだった。
(この漲る力は……! 私の意志が剣と共鳴したのか)
ラッセルは剣を構え直し、混乱する刺客の群れへと踏み込んだ。
一筋の翠色の光が消え去り、夜の静寂が戻る。
次の瞬間――。
刺客たちの悲鳴が再び廃園を震わせた。
ヴァルク・デリンは、顔を押さえて呻いていた。
「……チッ、俺の目を……ッ!」
片目が灼かれ、焼け爛れたように赤黒くただれている。
だが、その憎悪の炎は消えなかった。
「ラッセルォ……貴様だけは、この手で……!」
ラッセルは再び剣を構え、突進してくるヴァルクに向かって一気に剣を振り下ろす。
その一撃から放たれた波動が空気を震わせ、ヴァルクの体を力強く吹き飛ばした。
「俺の前で仲間を狙った報いだ。ヴァルク!」
上空のヘリから、黒外套たちが一斉に降下し、銃口をラッセルに向けた。
その瞬間、剣の柄に埋め込まれたエルフエナジー鉱石が再び反応し、
翠色の輝きを放ちながら周囲の風をうねらせた。
廃園の枯葉と砂塵が天高く舞い上がり、翠の渦がラッセルの剣先に収束し、
空高く渦を巻く。そして、ラッセルの口から発せられた。
「――必殺、翠嵐斬!!」
振り下ろされた剣から奔流する翠の刃風がヘリを破壊し、
地表を伝って刺客たちを一瞬で薙ぎ払った。
血煙と悲鳴が夜空に散り、黒外套の影が次々と倒れていく。
しかし、ヴァルクは怯まなかった。
短剣を逆手に構え、風の衝撃を切り裂くように突進してきた。
「俺はまだ……終わらんッ!」
鋼が閃き、ラッセルの肩口を深々と裂く。
「ぐっ……!」
鮮血が飛び散る。
だが、その痛みがラッセルの決意を強めただけだった。
再びヴァルクが突進してくる。
「終わらせる……!!」
ヴァルクの短剣の攻撃を正面から受け止めて払いのけると同時に、
渾身の一閃をヴァルクの全身に叩き込んだ。
翠光が爆ぜ、ヴァルクの短剣は粉砕された。
ヴァルクの身体は闇の中、宙高く舞って、
風が収まると同時に、一気に地面に叩きつけられた。
「ぐはッ…………」
ヴァルク・デリンは血を吐き、痙攣の後、動かなくなった。
荒い呼吸の中、ラッセルは剣を収めた。
そして、静かに手を合わせた。
剣は奪うためではなく、護るために行使したのだと。その信念を胸に、己に言い聞かせるように祈った。
吹き荒れた翠の風はやがて弱まり、廃園に、ようやく静寂が戻った。
ラッセルはポーチからエルフエナジードリンクを飲み干した。
体が燃えるように熱くなり、無数の創部が一瞬真っ赤に腫れあがり傷口が塞がった。
瓦礫の影で身を潜めていたカザンがゆっくりと肩に手をあてながら、ボロボロになった外套姿でゆっくり歩いてきた。
「助かったぞ、……大佐。喉仏に刃が刺さり、もう少しで本当に仏様になるところだった」
声はかすれ、喉に刻まれた浅い刃の傷口から血が流れ乾いた跡が残っていたが、まだ冗談を言える強さが残っていた。
「カザン危機一髪だったな。お前がいなければ、俺も今ここにはいなかった。カザンありがとう。エルフエナジードリンクだ」
カザンは飲み干した。
体が燃えるように熱くなり、悪寒とだるさ頭痛が一瞬生じたが、
傷口が直ぐに塞がれ、体力が戻っていることに驚いた。
「大佐、このドリンクは?」
「薬草にエルフエナジーを照射させて抽出したドリンクだ。魔物討伐の怪我を一瞬で回復させるように王研で開発された。回復には個人差はあるが、殆どの外傷に有効だ。病院でも使われ始めている」
「命を張っただけに、いい記事が書けるぜ。体験記事は人の心に届届き易いからな」
「ああ、国民が騒げば政府の中枢から悪を排除できる。俺は剣で悪から国民を護る。カザンは筆と報道の力で国民を悪から護ってくれ」
「もちろんだ。大佐」
とカザンが力強く返事をした。
ラッセルは頷き、倒れているヴァルク・デリンにふと目を遣ると、腰のポーチが破けて、中から一枚の官邸IDカードと、黒光りする小型の通信端末が目に入った。
ラッセルは通信端末を拾い上げ指先で操作する。通話履歴の画面に浮かび上がった発信先に見慣れた名があった。
――首相補佐官。
ラッセルは震える息を整えながら、黒光りする端末の画面を操作した。
『ヴァルクか。ラッセル達を仕留めたのだろうな……』
(聞き慣れた、冷ややかな男の声の主はマラー。ラマズドではなく、マラーが首謀者なのか)
「……」
ラッセルが思考している間に、意図に反して立ち上がったホログラムに、一瞬だけ彼の冷たい顔が映し出される。ラッセルはそれを見逃さなかった。
「マラー!」
ラッセルが叫ぶ。
次の瞬間、映像は砂嵐のように乱れ、耳障りなノイズが響き渡った。
『……粛清に失敗したか。フン、私を見た者は誰であれ、生かしてはおけぬ』
声が途切れると同時に、端末が強烈な閃光を放った。
焼け焦げた金属の臭いが立ちこめ、ラッセルの手の中で回路は黒い塊へと変わり果てた。
「マラー、やはりお前が、スメラや他の失踪事件の真相を知っているな。
首相府官邸で証拠を掴み、マラーを裁く」
翠の風の余韻だけがなお微かに渦を巻いていた。
コメント
1件
ああ、今回もすごく熱かったですね…!第16話、一気に読ませてもらいました。セリッテ・ガーデンの廃園っていう雰囲気あるロケーションがもう素敵で、ヴァルクとの対決シーンは手に汗握りました。特にカザンが閃光弾を足で踏みつける機転、あそこ本当に良かった。ただの記者じゃない、現場で培われた度胸と判断力が感じられて、ぐっときました。そしてラッセルの「剣は奪うためではなく護るために」っていう信念、短い一言なのに重みがあって印象に残ってます。最後のマラー補佐官が関わってるって伏線、ここからどう動くのか続きが気になります…!