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第十二章 ラディスへの帰還
第十六話 月を隠す鐘
――ゴーン……
――ゴーン……
ラディスの街に、夕刻を告げる鐘の音が響き渡る。
何百年も変わらず鳴り続けてきたその音は、古い記憶までも呼び起こすようだった。
静まり返った図書館の中。
高く積み上げられた本棚の隙間から、夕焼け色の光が差し込んでいる。
古い紙の匂い。
乾いたページを捲る音。
その静寂を震わせるように、教会の鐘が空気を揺らした。
ジュウタロウはふと顔を上げる。
「……もうこんな時間か」
その銀色の瞳に、窓から差し込む赤い光が映る。
向かい側に座っていたハヤトも、開いていた本から視線を上げた。
「思った以上に調べ込んでしまったな」
机の上には大量の本や資料が積まれている。
歴史書。
古い伝承。
教会史。
禁書指定一覧。
そのほとんどが、月蝕の子に関する記述だけ不自然なほど欠落していた。
さらに二人は二年前、ラディスで起きた魔物襲撃事件についても調べていた。
だが見つかったのは、当時の新聞に小さく載った記事程度。
『北門付近で小規模な魔物被害』
『負傷者数名』
それだけ。
実際には街へ魔物が侵入し、建物が壊され、人々が襲われた。
そしてジントとダイチが、命懸けで街を守った。
なのにその痕跡だけが、まるで最初から存在しなかったかのように消されている。
ハヤトは開いたままの新聞を見つめ、静かに呟いた。
「……帝国と同じだな」
ジュウタロウも頷く。
「あぁ」
「ここでも意図的に隠されている」
冷たい空気が二人の間を流れた。
窓の外では、夕暮れの光がゆっくり沈んでいく。
二人は資料を片付け、図書館を後にした。
外へ出ると秋の冷たい風が頬を撫でる。
街にはすでに魔石灯が灯り始め、人々が家路を急いでいた。
ハヤトは歩きながら、今日見つけた資料を思い返す。
「特に気になったのは、やはり三百年前の記録だな」
「あぁ」
ジュウタロウが短く答える。
「月蝕の子に関する記述だけ、明らかに不自然だった」
途中だけ破られたページ。
黒く塗り潰された文章。
禁書指定されたまま、題名すら消された文献。
どれも誰かが意図的に隠しているようだった。
ハヤトは苦笑する。
「ここまで来ると、もはや“隠している”と公言しているようなものだ」
ジュウタロウも僅かに目を細める。
「だが、完全には消しきれていない」
その言葉にハヤトが視線を向けた。
ジュウタロウは淡々と続ける。
「断片的だが、同じ記述がいくつか残っていた」
「『月を喰らう子』」
「『闇を還す者』」
「『白い月の夜』」
古い記録。
そこに残された言葉。
だがその意味は、まだ誰にも分からない。
そして
「……もう一つ」
ジュウタロウが続けた。
「『ある女性の残した私記』」
ハヤトの黄金の瞳が僅かに揺れる。
「……私記か」
ジュウタロウは頷いた。
「おそらく正式な歴史書ではない」
「個人的な記録だ」
「だからこそ、教会も完全には回収できなかった可能性がある」
ハヤトはしばらく考え込む。
「その私記について、詳しい情報は?」
「ほとんど残っていない」
ジュウタロウは首を横に振った。
「だが」
少し間を置く。
「“月蝕の子の真実を記した禁忌の記録”……そう記されていた」
冷たい風が吹き抜ける。
二人はしばらく無言で歩いた。
やがて、ハヤトが小さく呟く。
「……ジントには、まだ話さない方がいいかもしれないな」
ジュウタロウも静かに頷いた。
今のジントは、ようやく自分自身を受け入れ始めたばかりだ。
故郷。
祖母。
そして。
ダイチという存在。
少しずつ、失っていたものを取り戻している。
そこへさらに教会の隠蔽。
三百年前の真実。
自分自身の運命。
そんなものを突き付ければ、また彼を苦しめるかもしれない。
「まずは、俺たちで確かめるべきだろう」
ジュウタロウの言葉に、ハヤトはふっと笑う。
「相変わらず慎重だな」
「お前が楽観的すぎるだけだ」
「否定はしない」
二人の間に穏やかな空気が流れる。
やがて遠くに、宿屋の灯りが見えてきた。
温かな橙色の光。
窓の向こうから聞こえる賑やかな声。
それを見た瞬間、ハヤトの表情が柔らかくなる。
「……なんだか不思議だな」
「ん?」
「昔は」
ハヤトは少し笑った。
「家族以外と、“帰る場所”を共有するなんて考えたこともなかった」
ジュウタロウは少し驚いたようにハヤトを見る。
そして小さく笑った。
「……同感だ」
城でもなく。
故郷でもなく。
血の繋がった家族でもない。
それでもいつの間にか、戻りたいと思える場所ができていた。
五人で過ごす時間。
くだらない会話。
笑い声。
背中を預けられる仲間。
それはもう、ただの旅の仲間という言葉では足りないものだった。
教会の鐘はもう鳴り終わっていた。
けれどその余韻だけが、静かな夕闇の中に残っているようだった。
コメント
1件
comiさん、第45話読みました。鐘の音が冒頭と終盤で鳴る構成、静かな余韻を残す終わり方がとても印象的でした。ジュウタロウとハヤトが「月蝕の子」の記録の不自然な欠落に気づき、さらに「ある女性の私記」という新たな手がかりを見つける流れ、伏線の張り方が丁寧で引き込まれます。何より、血縁でも城でもない「帰る場所」ができたと互いに認め合う静かな会話が、この物語の温かさを象徴していて沁みました。次が気になります!
#恋愛
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