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サイラスは、後に述懐する。
「彼の独裁は、必要だったのではないか」
「彼こそが――
この時代が遣わした救世主だったのではないか、と」
カイルの才は、あまりにも多岐にわたった。
「革命は理念では終わらない。
国家として残らねば意味がない」
彼は法を定めた。
――カイル法典。
法の下の平等、私有財産の保護、契約の自由。
「地方の自由は、国家の遅延だ」
地方に知事を送り、
国家の意思を末端まで通した。
「金を制する者が国家を制する」
銀行を設立し、通貨を安定させ、
財政と税を掌握した。
「血ではなく、結果で測る」
官僚を育てる教育制度を整え、
治安を回復し、
宗教すら国家の下に収めた。
――革命により崩壊した国家を。
彼は、文字通り
たった一人で再構築した。
「私などいなくとも、時代は進むだろう」
「だが――彼なくして、
次の時代は来なかったのではないか」
遠い異国の地で、
私はそう思った。
この時代が生んだ化け物に――
私は、
勝てるのだろうかと。
エスカリオ商王国 作戦会議室
「俺に言わせりゃ、サイラス・イシスも
レイナ・スカーレットも――
陸戦の人間よ」
後ろでエレンが、小斧に手をかけた。
今にも投げつけそうな目で、カルドをにらんでいる。
「海はちがう。カイルが土の上でどれだけ完璧な計画を立てても、
海の神様はそんなこと気にも留めねえ」
カルドは肩をすくめた。
「たぶん現場じゃ、右往左往してるはずさ」
この予言めいた言葉は、実際その通りとなる。
スパルーニャ港
グラツィア・スパルーニャ連合艦隊は、
度重なる偶然の連鎖により、作戦計画の修正に次ぐ修正、
変更に次ぐ変更を強いられていた。
連合艦隊司令長官に任じられたバルザックは、
作戦の遅延をカイルに厳しく咎められ、
ついには解任すら示唆する通達を受け取っていた。
「カイル閣下は、お怒りになっておられる」
その言葉を前に、バルザックは唇を噛んだ。
あわてて彼は、連合艦隊三十隻、兵三千を率いて
エスカリオへ向け出撃した。
そして、その動きは直ちに補足される。
エスカリオ商王国 作戦会議室
「で――俺の必勝の策だ」
サイラスとレイナは、黙ってその先を促した。
カルドは卓上の海図に指を落とし、
にやりと笑う。
「俺のデッセゼニーで横からドーン、だ」
サイラスは黙ったまま、まばたきもしない。
「敵艦隊を真ん中から食い破ってよ、
そのまま分断。白兵戦に持ちこむ」
レイナが片眉を上げた。
「……斬新な策じゃのう」
「だろう?」
カルドは得意げに胸を張る。
「敵にくっついちまえば、もう細けえ操船も隊列も関係ねえ。
海戦だろうが、最後は人殺しの勝負だ」
サイラスがようやく口を開いた。
「普通は、側面の弓戦になるのでは」
「だからお前たちは海戦がわかってねえんだ」
カルドは即座に切り返した。
「船の攻撃力は全部、側面にある。
だったら皆、側面を向け合って弓を打ち合った後、接弦して白兵戦に持ち込む
そんなもん、決め手を欠けばいつまで経っても終わらねえ」
レイナが腕を組む。
「で、おぬしは船列を崩すために横から突撃すると」
「そういうことだ。海じゃ、先に並びを壊したほうが勝つんだよ」
カルドは海図の中央を、爪で一直線に裂くようになぞった。
「敵の横隊にこっちが縦に突っ込む。
先頭が撃たれても知るか。
だが突き抜けりゃ、敵は前と後ろで分断される。
分断されたら前の隊は戦列に戻ってこれねえ
風が急に逆向きに吹かねえ限りはな
隊列は乱れる。指揮も切れる。
そこで乗り込んで、斬る」
エレンが後ろで、今度は少しだけ笑った。
「いいだろう?」
カルドは歯を見せる。
「名付けて――カルド・タッチだ」
レイナは呆れ半分、感心半分で言った。
「で、その先頭におぬしが行くのか」
「当たり前だ」
カルドは即答した。
「こんな面白いこと、
人に譲る馬鹿がいるかよ」
カルド王は部下たちに、
「俺のことは提督と呼べっ」
と、よくわからない職権を乱用しながら、
艦艇二十、兵一千を率いて出撃した。
「お前さん方は留守番だ」
サイラスとレイナは本営にとどめ置かれた。
出撃ののち、
宰相コピットが静かに近づいてきた。
「お茶でも、いかがですか」
「……びっくりされたでしょう、わが国王には」
サイラスは返事に窮しながらも、苦笑してうなずいた。
「今も十分かっこいい人ですけれど、
昔はもっと、こう……皆の憧れだったんですよ」
コピットはどこか懐かしそうに目を細めた。
「王位を金で買った王だと、
陰で揶揄する者がいるのは承知しています。
ですが――」
そこで肩をすくめる。
「知ってますか。
あの人、王になってすぐ飽きたのか、
面倒ごとは全部、私に丸投げなんです」
サイラスは、その言葉に思わず
ロドリゲスの顔を思い出した。
自分もまた、似たようなことをしている。
エスカリオ王国へ海から入るための要衝。
まるでボーガンの引き金のように湾曲したその湾は、
古くからトリガー湾と呼ばれていた。
両艦隊はこの海で激突した
開戦後、一刻が過ぎようとしていた。
「……こんなはずでは……」
バルザックの唇が、乾いた音を立てた。
開戦直後。
グラツィア連合艦隊は、
二列の縦陣を維持し、
側面から突入してくる敵艦隊に対し、
先頭艦へ集中攻撃を浴びせた。
それは、完璧な初動だった――はずだった。
だが。
弓も、火矢も、通じない。
鉄板で船腹を覆った異形の艦――
衝角を備えた突撃戦艦
デッセゼニーとモウカリマッカが、
まるで海を切り裂くような速度で、
艦列中央へと突入してきた。
「止まらん……!?」
誰かの叫びは、もう遅かった。
最初に衝突したのは、スパルーニャ海軍の旗艦。
鈍い衝撃。
次の瞬間、甲板は地獄と化した。
ボタン提督は――最初の戦闘で戦死した。
その報は、艦隊全体を一瞬で凍らせた。
指揮系統が、断たれる。
そこへ、
第二、第三の突入艦が、次々と割って入った。
「接舷!来るぞ!」
エスカリオ海軍の兵が、咆哮とともに飛び込んでくる。
弓矢。槍。剣。
距離は、一瞬でゼロになった。
整然とした戦列は、もはや存在しない。
ただの乱戦だった。
「私は処刑される……」
バルザックは、青ざめていた。
「処刑されてしまう……私は処刑される……」
同じ言葉を、壊れたように繰り返す。
誰も、声をかけられなかった。
その目は、すでに戦場を見ていない。
だが――
次の瞬間。
彼の目に、わずかに光が戻る。
「……違う」
ゆっくりと、顔を上げる。
「まだ、終わっていない」
拳を握る。
「全艦に伝令!」
声が、かすれながらも響いた。
「カルドを探せ!」
周囲がざわめく。
「この海上にいるはずだ……!」
声が、徐々に熱を帯びる。
「奴を……奴を見つけ出して殺せ!!」
それは、最後の賭けだった。
処刑されない唯一の方法。
――カルドの首をカイル司令官に持って帰り
戦果として報告すること。
カルドは――
意外な場所にいた。
最も損傷の激しい、先頭艦。
砕けた甲板。
折れたマスト。
血と海水が混ざるその上で、
彼は、笑っていた。
「いいねえ……」
剣を肩に担ぐ。
「やっぱり先頭が一番面白え」
副官ハーディが息をのむ。
「提督!ここは危険です!」
カルドは振り返らない。
「戦闘は危ないに決まっているだろ」
そのとき。
別の艦から、声が飛ぶ。
「見つけたぞ……!」
バルザック艦。
その甲板に、弓兵が並ぶ。
「……あれがカルドだ」
バルザックの顔に、歓喜が広がる。
「はは……ははは……」
笑いが漏れる。
「勝った……」
震える指で、前方を指した。
「殺せ」
大声で命じる。
「殺せえい!!」
弓が引き絞られる。
きしむ音。
風が、一瞬止まったように感じられた。
狙撃手の視界に、カルドの姿が収まる。
乱戦の中で、
ただ一人、動かない男。
――絶好の標的。
「……」
呼吸を止める。
弦が、最大まで引かれる。
その瞬間。
カルドが、ふと顔を上げた。
視線が――
まっすぐ、こちらを見た。
「……あ?」
かすかに、笑った。
弦が、鳴る。
矢が放たれた。
一直線。
風を裂き、カルドへと向かう。
――当たる。
誰もが、そう思った。
だが。
カルドは、わずかに体を傾けた。
矢は肩をかすめ、血を散らす。
「……っ!」
ハーディが息をのむ。
「提督!」
カルドは顔をしかめ――
そして、笑った。
「そこか」
低く、呟く。
ゆっくりと、矢の飛んできた方向を見る。
「いい腕してやがる」
血を指で拭い、海へ払う。
その目は、完全に獲物を捉えていた。
「見つけたぜ」
振り返り、叫ぶ。
「舵、右いっぱい!」
「突っ込むぞ!」
ハーディが凍りつく。
「提督、あそこは敵の本隊――」
「だからだよ」
カルドは言い切った。
「向こうから“教えてくれた”んだ」
剣を振り上げる。
「一番うまい奴がいる場所をな!」
その声に、周囲の兵が笑い出す。
恐怖ではない。
熱だ。
「野郎ども!」
カルドが叫ぶ。
「今から、一番うまい奴をぶっ殺しに行くぞ!」
歓声が上がる。
傷だらけの艦が、無理やり進路を変える。
軋む船体。
砕けた帆。
それでも、進む。
一直線に。
バルザックの艦へ。
バルザックは、それを見ていた。
「……なぜだ」
呟く。
「なぜ、こちらへ来る……」
次の瞬間、理解する。
顔から血の気が引いた。
「……まさか」
声が震える。
「見られたのか……?」
カルドの艦は、止まらない。
むしろ加速している。
狂気のように。
「止めろ!!」
バルザックが叫ぶ。
「撃て!撃てえええ!!」
矢が、雨のように放たれる。
だが。
もう遅い。
カルドは、笑っていた。
「いいねえ」
血に濡れた顔で、
まっすぐ前を見据える。
「ようやく“当たり”を引いた」
「提督!お怪我は!」
「肩、かすっただけだよ」
ハーディの声は、まだ震えていた。
「よくぞご無事で……肝が冷えました」
カルドは、血のついた肩を軽く叩く。
「ん?言わなかったっけ」
にやりと笑う。
「若いころ、海の女神と結婚したんだよ。
十六のときだったかな」
副官が固まる。
「重婚なんだけどね。神様は気にしないって言ってた」
どこまで本気かわからない話を始める。
それを半ば強引に遮り、
ハーディはカルドを船室へと押し込んだ。
「提督、指揮を」
「はいはい」
軽い調子のまま、椅子に腰を下ろす。
だが、その目はすでに戦場を見ていた。
分断された連合艦隊の先頭部隊が、ようやく引き返してきたとき――
戦闘は、すでに終わっていた。
彼らは逃走を図るも、次々と包囲され、拿捕された。
結果。
三十隻の艦艇のうち――
二十二隻が大破、あるいは沈没。
残る八隻も、すべて捕縛。
エスカリオ海軍に沈没艦は、ゼロ。
損傷艦こそあれど、艦隊は健在だった。
そして。
連合艦隊司令長官バルザックは――捕らえられた。
船室。
勝利の報がもたらされる。
カルドは、それを聞いて――
腹を抱えて笑った。
「ざまあみろ、カイル!」
椅子を蹴り、立ち上がる。
「お前の艦隊――粉々にしてやったぜ!!」
その声は、船室の壁を震わせた。
この戦いは、
後にエスカリオ海軍史に刻まれることとなる。
――トリガー沖海戦。
それは単なる勝利ではない。
カイル・ゼイオンの掲げた
“完璧な大陸制覇構想”を、
初めて、真正面から打ち砕いた戦いであった。
報告を受けたカイルは、激怒した。
机を叩き、怒声を上げる。
だが、その怒りは、すぐに冷たい決断へと変わる。
「……ならば、海を封じよ」
即日。
大陸封鎖令が布告された。
それは敵だけでなく、
先のアウストリーテの敗北により
屈辱的な講和を強いられた
ヴァンガルド帝国すらも対象に含まれていた。
容赦はない。
例外もない。
すべては、支配のために。
そして――同日に。
国民投票により、
カイル・ゼイオンは
グラツィア帝国、皇帝に即位する。
世界は、この日を境に変わった。
海を制した者と、
大陸を支配する者。
二つの力が、正面からぶつかり合う時代が始まる。
宰相コピットは、静かに書状を差し出した。
「ヴァンガルド王国宰相ラディス殿への紹介状です」
サイラスはそれを受け取り、わずかに眉を動かす。
「……どうして」
「軍師殿の真似をすれば、論理の帰結です」
コピットは微笑んだ。
「カイルは我が国への侵攻に失敗しました」
一拍。
「次の矛先は、ヴァンガルドでしょう」
サイラスは黙って聞く。
「海上ルートでお送りすることが可能です」
「……ありがとうございます」
「前国王は幽閉されているとはいえ、
王党派を刺激しないための“安定”は保たれております」
「だから今、直接赴きます」
サイラスは書状を見たまま言った。
「大同盟の必要性を説くつもりです」
コピットは小さくうなずく。
「軍師殿は――恨まれているかもしれません」
少しだけ間を置く。
「ですが、それを持っていけば、いきなり斬られることはないでしょう」
サイラスは、わずかに笑った。
「ご厚意、感謝いたします」
「御武運を」
「……カルド王の怪我が、早く癒えるとよいですね」
サイラスの言葉に、
コピットは笑顔で応じた。
「ええ」
その夜。
サイラスは北へ。
レイナは南へ――それぞれ出港した。
同じ海へ出ながら、
二人の進路は、交わることなく分かれていく。
薄暗い寝室。
カルドは、ベッドの上に半身を起こしていた。
包帯の巻かれた肩が、かすかに痛む。
コピットの報告を、ぼんやりと聞いている。
「……ふうん」
気のない返事。
「本当に最後にお会いせずによかったのですか」
「……」
だが、視線は窓の外へ向いていた。
遠く、港の灯りが揺れている。
「北と南か」
小さく呟く。
「忙しくなりそうだな」
しばらく沈黙。
コピットは何も言わない。
カルドは、天井を見上げた。
「……なあ」
珍しく、声が低い。
「またグラツィアへ、俺も行くか」
冗談のように言って、
すぐに鼻で笑う。
「いや、やめとくか」
目を閉じる。
「どうせ、あいつらのほうが上手くやる」
その言葉のあと、
ほんのわずか――間が空いた。
「ところであの二人、俺の活躍について何か言ってなかった?
ちゃんと聞いたんだろうな、コピット」
蝶舞(かれん)@常にスランプ
#女主人公
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