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保谷東
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「はっ……はい」
圭に初めて名前で呼ばれた美花は、細い肩をビクッと震わせた。
こういう事を言うのは、かなり久しぶりのような気がするが、彼は、おずおずと口火を切る。
「君が良ければ…………連絡先、交換…………しないか……?」
「…………え?」
美花が、目を見張らせながら圭を凝視している。
今日、彼女の驚きに包まれた表情を見たのは、これで何度目だろうか。
圭にとっては、誘いの常套文句でもあるのだが、美花にとっては違うのだろう。
ポカンとした面差しを彼女に向けられながら、圭は、何と言えばいいのか迷ってしまった。
「君が嫌ならいいんだ。変な事を言って、すまない。そろそろ行こう」
圭は残念そうに目尻を下げ、前を向いて踏み出すと、美花も少し後ろを付いてきた。
互いに無言のまま歩いているうちに、美花の自宅でもある『家庭料理 ゆき』へ到着。
「じゃあ……俺…………行くよ」
圭は、美花との連絡手段が取れなかった事にモヤモヤしたまま、小さく美花に手を振る。
「おっ…………おにーさん、今日はありがとうっ! すごく…………楽しかった……」
美花にぎこちない笑みを向けられた圭は、もっと彼女の笑顔を見たいと思う。
すると、美花はバッグからスマートフォンを取り出し、画面上に素早く指先を滑らせた後、彼の前に歩み寄ってきた。
「こ……これ。私の…………メッセージアプリのIDだよ」
美花がQRコードが表示されている画面を、圭に向ける。
「…………いいのか?」
「うっ…………うん」
おぼつかない様子で頷く美花を見下ろすと、圭も黒のスキニーパンツのポケットからスマートフォンを引っ張り出し、彼女のQRコードをスキャンさせた。
「ありがとう。じゃあ…………そろそろ行くよ」
改めて小さく手を振った圭は、踵を返して、一歩を踏み出した。
「おにーさん、気を付けてね。また……」
彼女の声を背に受けながら、歩みを止めず、ゆっくりと進んでいく。
「また……店に…………ご飯……食べに来てねっ」
どこか迷っている美花の声を聞きながら、圭は振り返らず、笑みを滲ませながら右手を挙げて軽く手を振った。
***