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保谷東
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美花は帰宅すると、自室のベッドに寝転び、今日起こった出来事を反芻していた。
立川緑病院で、奇遇にも、好意を寄せている男性、葉山圭に会い、国営公園でお昼を一緒に食べ、ボートに乗る、細やかなデートのような時間。
異性と二人きりで過ごしたのは、二十歳の頃に付き合っていた、高校の同級生の男以来。
彼女は、圭といる間、心臓が慌ただしくバクバクしっぱなしだった。
(ヤバい。おにーさん…………素敵……だったよ……)
美花と一緒にいる時に見せてくれた圭の仕草を、宝箱から一つずつ、大切に取り出すように、思い返してみる。
遠慮がちに綴られた、お昼ご飯を一緒に食べないか、と誘いの言葉。
『けいトン』と呼んだ時の、眉間に皺を寄せた表情。
ボートに乗る時、圭に向けられた、目力の強い眼差し。
船着場で転びそうになった美花の身体を、グイっと引き寄せ、抱きしめられた時の、彼の温もりと、男性ならではの筋肉質の体躯。
国営公園のゲートに向かうまで、手を繋いで歩いた時の、筋張った指先……。
(どうしよう…………おにーさんの事を好きになっても、自分が苦しくなるだけなのに……)
帰宅してから、ずっと圭の事を考えている美花は、想いが溢れるのを止めたくても止められない。
彼女はベッドから起き上がると、パソコンに向かい、起動させた。
「かなチーとれいチェルの結婚祝いの曲の続き……作ろう……」
美花はヘッドフォンをパソコンに繋げて装着させると、DAWソフトを立ち上げた。
曲の一番の盛り上がり部分が、まだ手付かずの状態。
彼女は、先日、店を訪れた奏と怜の仲睦まじい様子を思い浮かべながら、黙々と音を打ち込んでいく。
自らが紡ぎ出す音と向き合い、アレンジをしていくうちに、外はすっかり暗くなっていた。
ひと通り曲が完成し、あとは各パートのバランスと音量調整。
「ここからが時間掛かりそうだなぁ……」
美花がヘッドフォンを外してフウッとため息を吐く。
『美花〜! 晩ご飯、できてるからねっ!』
一階から母の雪の声が、遠くに聞こえてきた。
「は〜い!」
美花は、パソコンの側にヘッドフォンを置くと、一階のリビングへ下りていった。