テラーノベル
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仕事を終えた美花は、駆け足で家に向かっていた。
この日は、以前ネットで注文した、S社のモニタリングヘッドフォンが届く日。
以前から彼女が欲しがっていた、業務用のモニタリングヘッドフォンは、プロのミュージシャンや、音楽制作の現場でも使われているもの。
歌手が一発録りで歌う動画『ワンテイク』でも、大御所の男性ボーカリストが使用していたヘッドフォン。
美花の勤務先、向陽プリントテクニカル 東京事業所から家まで、歩いて十五分程度だけど、彼女は待ちきれず、金髪のように明るいストレートロングヘアを靡かせて、ダッシュしていた。
自宅でもあり、母、雪が営んでいる『家庭料理 ゆき』の入り口の格子戸を、ガラガラと開ける。
「ただいまぁ! お腹空いちゃったよぉ」
「おっ! 美花ちゃんお帰り。お疲れっ」
「あ、おじさん、こんばんはっ! いらっしゃいませ」
美花がフニャッと面差しを崩すと、テーブル席で常連のおじさんから声を掛けられ、笑顔で挨拶を交わした。
「お帰り美花。あんた、店から入ってくるなって、私、いっつも言ってるよね? 玄関から入りなさいよ」
「ハイハイ、分かったわかった。それよりもお母さん、注文したモニタリングヘッドフォン、届いてる?」
「あんた、また機材を買ったんだねぇ。届いてるよ。美花の部屋に置いてあるから」
雪は、呆れ返りつつ、苦笑を浮かべて娘を見やる。
「やったぁ!」
美花が、店内と厨房を繋ぐスイングドアを通ろうとした時、頬の辺りに視線が纏わりついているのを感じる。
眼差しの送り主に辿り付いた時、彼女は、瞳を丸くさせた後、顔を綻ばせた。
「あれ? あの時のおにーさん? いらっしゃいませっ」
昨年のクリスマスに遭遇した、立川北駅の近くのベンチで酔っ払って寝ていた彼が、母の店で食事をしているのを見て、美花は目を細めてペコリとお辞儀をする。
「…………っ」
彼もまた、彼女の事を覚えていたのか、気まずそうな表情を覗かせながら会釈をすると、肉じゃが定食を黙々と食べていた。
「え? 美花、このお客さんと知り合いなの!?」
「知り合いっていうか、昨年のクリスマスに、おにーさんがモノレールの線路下のベンチで寝てたんだよねぇ。すごい寒かったし、このまま起きなかったら凍死しちゃうかも、って思って、起こしたんだ。しかも、すっごいイケメンさんだから、よく覚えてた」
「っ……」
美花の言い草にムッとしたのか、彼からジロリと睨まれてしまった。
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