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放課後の誰もいない教室。窓の外、部活の声が遠く響いている。
蓮司は椅子を逆向きに座っていて、遥は床に体育座り。日下部は教卓の横に立っている。
蓮司「遥、おまえって……殴られるの、怖くなかったの?」
遥「あー……どうだろ。
“痛い”って思う前に、“またか”って感じだったな」
日下部「……“またか”って」
遥「朝起きて、顔見た瞬間わかるんだよ。“あー今日は当たられる日だな”って。
そんで夕方には殴られて終わる。だから、予定通り?みたいな。
ほら、今日も給食カレーだったし、的なノリ」
蓮司「おまえの家、カレンダーに殴打スケジュールでも書いてあんの?」
遥「いやいや、“無言の空気”でわかるんだって。
“怒ってるから何かしろ”って目とか、鍋の置き方の強さとか。経験値で回避すんの」
日下部「……避けられなかったら?」
遥「まあその時はその時だよ。
顔とか服とか見えないとこならセーフって思ってたし。
あと、“今痛いとこ”と“昨日痛かったとこ”が被るとマジでしんどいから、そこだけ避けてって願ってた」
蓮司「なんかもう、体がスケジュール帳みたいになってんな……」
遥「そうそう。“この日:左肩ダメ。右足OK”みたいな。
あと、学校でいじめられた日はむしろ家の分散になるから“助かったかも”って思ってた時期ある」
日下部「……“助かった”……?」
遥「ほら、どっちも全力で来られると、さすがに無理じゃん。
だから、家でやられる日と、学校でやられる日が、被らないのが理想だったの」
蓮司「遥、それ、“理想”って言わないんだよ」
遥(笑いながら)「え、でもオレにとっては“生活の知恵”だったし。
生き延びるためのスキルってやつ」
日下部「……そうやって、生き延びてきたのか」
遥「まーな。
でも正直、“辛かった”とかってあんま思ったことない。
“これが普通”って思ってたし、“もっとヤバいとこあるでしょ”って言われたら、そうかもってなるし」
蓮司「だからか。
おまえ、“誰かが泣いてるの”にはやたら反応するくせに、自分の話になると乾いてんのな」
遥「……泣いてる人って、“泣ける余裕”あるんだなって思う。
オレは、そういうのわかんない。たぶん、“悲しい”って名前つける前に終わってたから」
(沈黙)
日下部(小さく)「……それでも、今ここにいるんだな」
遥「ん? ま、死ぬタイミング逃しただけかもだけど。
でも今は別に、“死にたい”って思わない。
おまえら見てると、クソだなって思うけど……ちょっと面白いし」
蓮司「それ、褒めてるの?」
遥「知らね。生きてるし、いいだろ」