教室のざわめきが遠くから聞こえてくるような静かな午後、相談室のドアがきしんで開いた。
入ってきたのは、髪の長い少女だった。うつむいたまま椅子に腰を下ろし、膝の上で両手をきつく握りしめる。
 「……なんかさ」
 声は小さく、消えてしまいそうだった。
 「ずっと、一人なんだよね。友達がいないわけじゃない。話しかけられれば返すし、一緒に帰ることもある。でも……本当に近い人がいない。みんな、”私じゃなくてもいい”って感じがして」
 遥は机の端に肘をつき、じっと少女を見ていた。彼の目は、少し疲れているようにも見える。
 「……わかるよ、それ」
 「え」
 「俺も、そうだから。教室にいても、そこにいないみたいに扱われる。声をかけられても、代わりはいくらでもいるって思う。……孤独って、そういうことだろ」
 少女は、ゆっくり顔を上げた。遥の言葉は、慰めよりもむしろ痛みに近かった。けれど、それが嘘じゃないことは伝わった。
 「……孤独ってさ、なんでこんなに苦しいんだろ」
 「人間は群れで生きるようにできてるからじゃない? 俺らは群れに入れてもらえなくて、はじかれる。……だから苦しい」
 遥はそう言いながら、自分の手首を無意識に押さえた。そこには、昨日の夜に強くつかまれた痕がうっすら残っている。家でも、学校でも、彼の居場所はなかった。
 「でもな」
 遥は言葉を続けた。
 「孤独って、完全に悪いもんじゃないと思う」
 「どういうこと?」
 「一人だからこそ、考えられることがある。群れに合わせないから、自分のペースで息ができる。……まあ、俺はそんな余裕ほとんどないけど」
 自嘲気味に笑いながらも、その声には確かさがあった。
 少女は小さく笑った。
 「……遥くんって、なんか変わってる」
 「よく言われる」
 「でも、ちょっと安心した。孤独って、私だけじゃないんだなって」
 遥は視線を逸らし、窓の外を見た。灰色の空に、鳥が一羽だけ飛んでいた。
 「孤独を消すのは難しい。でもさ、その孤独を持ったままでも、生きられる。俺らみたいに」
 少女はしばらく黙ってから、小さく息をついた。
 「……ありがと。なんか、少しだけ軽くなった」
 「少しでいい。孤独って、誰かと一瞬でも分け合うだけで、ちょっと薄まるんだ」
 その言葉が、彼女の胸に深く残った。
相談室を出ていく背中は、入ってきたときよりも、ほんのわずかだがまっすぐだった。
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