「まあ!申し訳ありません!」
血相をかえた女が、雪を踏みしめ転がるようにやってきた。
「こっちには、いっちゃならないって言ってるだろう!」
女は母親のようで、たたずむ子供を怒鳴りつけた。
「ああ、気にするな」
チホの言葉に、女は大きく頭を下げる。
「さあ、はやくおいで!」
親子の姿は、そのまま消えた。
「……馬番のところの子供だな」
障子を閉めながら、チホは笑った。
「なぜ塩を?」
子供が、雪の積もるなか、塩をくれとやって来た。
「うん。どうやら粗相をしてしまったようだな。ここいらではね、子供が、寝小便をすると、罰として塩を貰ってくるように親が言いつける習慣があるんだ」
チホは笑った。
誰しもが、幼い時に経験した恥ずかしさを思い出したのか、チホの表情はいっきに緩みきる。
「塩を?」
初めて耳にした土地の風習に、ミヒは興味をそそられたらしく、珍しくチホに問いかけた。
「さあ、私も知らないが、そうやって、人のところをまわらされたら、恥ずかしくて次からは粗相せまいと子供も気をつけるだろう?まあ、親も憎くてやってるんじゃない。塩も手に入るし、それで、粗相が収まれば願ったりかなったりだ。子供のことだから、馬鹿正直に、親の言いつけどおり、雪の中をまわっていたのだろう」
「……そう……」
顔を曇らせるミヒを、チホはそっと引き寄せた。
ミヒには親がいない。親代わりに彼女を育てたのは……言わずと知れたジオンだった。
チホは、余計なことを思い出させまいと、ミヒの体を抱きしめ、冷えた体を温めてやる。
「……子供……」
チホの胸元で、呟きが聞こえた。
「気にするな。使用人の粗相だ。忘れなさい。もう、ここに近寄ることはないように、言いつけておく。いいね。何も考えてはいけない。わかったね?」
今度は、外から母にしかられる子供の泣き声が響いてきた。
とうしたことか、ミヒの頬にも涙が伝っている。
庇うようにミヒの背を、チホはゆっくりと撫でた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!