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放課後の空気は、やけに薄く感じた。
数日前のことが遠い昔みたいに沈黙の底へ落ちていく。日下部の顔を見ても、あのときの棘はもう感じられない。むしろ今は、彼のほうが疲れ果てていた。どこか焦点の合わない目。力の抜けた表情。
——その無力さの理由を、遥は自分なりに理解しているつもりだった。
(俺のせいだ。あんなこと言った。だから、あいつは……)
自分を責める思考は、息をするよりも自然だった。
けれど、蓮司はそんな遥の横顔を見て、ふっと笑った。
「お前、わかってねぇな」
「……何が」
「日下部が何にやられてるかだよ」
挑発でも、慰めでもない。妙に平坦な声だった。
遥は眉を寄せる。
「俺のせいだろ。あいつの親のこと……」
「違ぇよ」
蓮司は短く切った。机に肘をつき、つまらなそうに視線を窓の外へ投げる。
「お前が何かしたとか、言ったとか、そういう次元じゃねぇ。あいつが潰れかけてんのは、“守ろうとした結果、誰も守れなかった”って現実を突きつけられたからだ」
「……?」
「お前が言った言葉で親がどうとかよりも、“自分が止められなかった”ことが刺さってんだよ。わかるか? あいつ、ずっとそういうタイプだ。人のために動いて、自分を削って、それでも結果が地獄みたいになる。で、動くこと自体が怖くなる。……お前と似てんだよ」
静寂が、教室の隅に落ちた。
遥は息を詰める。
「似てる? 俺と、あいつが?」
「お前も結局、自分が壊れてでも人を助けようとする。けど、その“助け方”がわかってねぇ」
「——何が言いたい」
「お前、優しさの使い方間違ってんだよ」
蓮司は軽く笑い、言葉を続けた。
「人の地雷がどこにあるかも知らねぇまま、勝手に踏み込む。で、壊れた相手見て“俺のせいだ”って泣く。……それは自己満だろ」
遥の喉が、静かに鳴った。怒りとも痛みともつかない何かが胸を焼く。
「——俺は、そんなつもりでやってねぇ」
「知ってるよ。だから余計にタチが悪い」
蓮司の声には、わずかな苦味が混じっていた。
「お前は本気で信じてんだ。“何もしないよりはマシ”だって。でもな、動けば動くほど、あいつらみたいな奴は壊れてく。守られたと思うより、無力を突きつけられるんだ」
遥は言葉を失った。
思い返す。小学校の教室。中学の掃除当番。どれも同じだった。誰かを助けようとして、結果的にその誰かをもっと孤立させた。
(俺が……また、間違えたのか)
頭の中で何度も反芻される。けれど、今度は“罪悪感”よりも“わからなさ”が重かった。
蓮司は椅子から立ち上がり、言い残すように呟いた。
「お前の優しさは、切れ味が鋭すぎるんだよ。触れるだけで血が出る。……それに気づかない限り、お前はずっと誰かを壊す」
残された教室で、遥は小さく息を吐いた。
窓の外では風が揺れている。
それでも、どんなに痛くても、“動かなければもっと壊す”気がして、彼は拳を握りしめた。