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第21話:幸福教団
「……これ、僕ですか?」
トアルコは言葉を失っていた。
村の掲示板に貼られていたのは、自身を模した巨大な肖像画。
両手を広げて宙を見上げるポーズで、背景には光の輪、額には金の飾り――
> “しあわせを説いた男” “すべての苦しみを受け入れし者”
そんな言葉が、堂々と掲げられていた。
訪れたのは、辺境の開拓地サナベル。
そこで広がっていたのは、「トアルコの思想」を勝手に解釈し形成された団体――**幸福教団〈スローヴァ〉**だった。
「“怒りを捨て、笑顔を義務とせよ”……?」
掲示板に並ぶ教えを読み上げたリゼが、顔をしかめる。
「誤読どころじゃないな。悪意のない歪みだ。……一番厄介なやつ」
広場には、白装束の人々が無表情で整列していた。
「苦しむ人は、しあわせに従っていない」
「しあわせを拒む者は、排除対象となる」
「待って、それはちが――」
トアルコが声を上げる前に、壇上からひとりの青年が降りてきた。
細身で背の高い男。髪は灰色で短く、口調は静か。
彼の名はヴィス。幸福教団を束ねる代表だ。
「あなたの言葉が、この教団の基礎です。“戦わない”“傷つけない”“しあわせを”――
あなたの優しさが、多くの人を救ったのです」
「でも、それを“従わせるため”に使うのは、優しさじゃありません……」
トアルコはまっすぐにヴィスを見つめる。
「しあわせって、押しつけられた瞬間に、しあわせじゃなくなるんです」
広場に、静かなざわめきが起きる。
「でも、トアルコさんが言った“争わない”って……」
「それは、“争いをやめさせる”って意味じゃなくて、
“争いを選ばずにそばにいる”っていう……僕の生き方、です」
トアルコは、少し震える声で続けた。
「だから、誰かを無理に笑わせるのは……
僕の“やさしさ”を、誰かの“不自由”に変えてしまう」
ヴィスは黙って、手にしていた教本を見つめた。
「……あなたは、理想の象徴でした。
でも、理想は……人を縛ることもあるんですね」
その日の夕方。教団は“強制的な教え”の取りやめを宣言し、
トアルコに直接“誤りを正してもらう”場を設けることになった。
夜。トアルコは自室で“肖像画”を抱えていた。
「これ……なんか顔がキリッとしてて、ぼくっぽくない……」
「そもそも顔じゃなくて思想が違う」
リゼが小さく吐き捨てる。
「でも……信じてくれるのは、うれしいことですね。
まちがってても、また話せばいい……って、思えたから」